聖女
ブステナの教会には聖女と呼ばれる10歳の女の子が住んでいる。
彼女の名はアンカ。
彼女の手には不思議な力がある。
彼女は病人に触れただけで病気を治すことが出来るのである。
そのため、しばしば彼女に触れようとする病人が彼女のもとを訪れる。
一方で、彼女に触れたがらない者も数多く存在する。
彼女の手には死を与える力もあるからである。
彼女に触れられると、心清き者は癒され、邪な者は死を与えられると言われており、彼女に近づきたがる者とそうでない者が存在する。
また、彼女はアンデッドをただの死人に戻す力も有しており、これまで数多くのアンデッドを眠りにつかせてきた。
山の屋敷から戻ってきたコドルツ神父は、状況をアンカに説明するため、アンカの部屋に向かった。
「アンカ、いるか。」
「今着替え中です。部屋に入らないで。」
仕方がないので、神父は部屋の前でしばらく待った。
その後、アンカが部屋から出てきた。
「何か用?」
「アンカ、また君の力を借りる事態となってしまった。アナマリア達がアンデッドの薬を作り、何者かに薬を渡してしまった。」
「それで、誰が薬を受け取ったのか見当はついているの?」
「今日の昼頃、アナマリア達のもとを訪れた人達がいるということくらいしか分からん。そのことを教えてくれたのは、いつも礼拝に来ているエレナ婆さんなので、彼女に聞けばもう少し詳しいことが分かるかもしれない。」
「そう。ところで、今回、神父は人を襲うアンデッドが誕生すると思っているの、それともユリアのように穏やかなアンデッドが誕生すると思っているの。」
「穏やかなアンデッドが誕生する可能性はあるが、人を襲うアンデッドが誕生する可能性もある以上、被害が出る前にアンデッドを眠りにつかせなければならない。」
「神父が言っていることは理解出来るけど…。」
「とにかく、先ずは薬を受け取った者を見つけ出すことに専念しよう。明日、エレナ婆さんにもう少し詳しく聞いてみる。どうするかはその後で判断してもらって構わない。」
神父はそう言うと、自分の部屋に戻って行った。
アンカはため息をつき、窓を開け、月を見上げた。
どうして世の中はこんなに理不尽なのだろう。
薬を渡された人は、きっと、大切な人を復活させたいだけ。
でも、神父が言うように、薬を飲んだ人が魔物化して人を襲うことがある。
誰もそんなことを望んでいないはずなのに、そういうことが起きてしまう。
誰が何の目的でこんな世界を作ったのだろう。
そして、どうして私にはこんな力があるのだろう。
彼女が自分の力に気付いたのは8歳の時である。
この2年間、彼女は神父と一緒に数多くのアンデッドを眠りにつかせてきた。
そこには、いつも、生と死、愛と悲しみ、そして理不尽な結末があった。
故に、彼女は悩んでおり、新たに誕生したアンデッドを眠りにつかせることに関して消極的である。
「…私はどうすれば良いの?」
アンカは悲しそうな顔をして月を見上げ続け、物思いにふけった。