マルクス経済学は,カール・マルクス(1818年~1883年)がその著作『資本論』を中心に展開した経済理論を基礎とする経済学です。マルクスというと社会主義運動に大きな影響を与えた革命家だから,マルクス経済学は社会主義を論じる経済学と思っている人がいるかもしれません。マルクスはもちろん革命家で共産主義思想家・運動家でしたが,哲学者でもあり,新聞編集者でもあり,いろいろな側面をもっていました。マルクスが経済学の本格的な研究に取り組みだしたのは,1848年の三月革命の際に参加した革命運動が敗北したのち,1850年代に入ってからのことです。


亡命先のロンドンで大英博物館の図書館にこもり,いずれ再来する革命の日に備えて革命運動の理論的支柱を作るべく,経済学の理論的著作の批判的研究と当時の資本主義の最先進国であるイギリスの経済・社会の実態分析に没頭しました。そうした理論研究と実態分析の成果の集大成ともいうべき著作が『資本論』なのです。

マルクスは研究と執筆を続けながら政治運動にも精力的にたずさわっていたので,『資本論』第1部「資本の生産過程」は彼が存命中の1867年に刊行されましたが,第2部「資本の流通過程」と第3部「資本主義的生産の総過程」は,彼の生涯の友人・共同研究者であり,援助者でもあったフリードリッヒ・エンゲルス(1820年~1895年)が,マルクスの死後,残された草稿を編集して出版しました。

リーマン・ブラザーズの破綻を受け、世界経済は混乱を極めている。混乱の発端となったのは、サブプライムローン関連の金融商品であった。この種の金融商品は、高度な数学を駆使した新しい経済理論によってつくられたものである。経済学の数学化は主に20世紀初頭から始まり、より高度な数式で経済モデルをつくることは、経済学の進歩であると信じられてきた。


この状況に対し、1970年代ころから良心的な学者のあいだで「経済学の危機」が叫ばれ、経済学の数学化は知識の見せびらかしにすぎず、ただの衒学ではないかという批判がなされた。ところが、確率微分方程式を駆使して金融商品をつくる理論は、現実の経済活動に応用できることから、たんなる衒学ではなく、企業や国家の経済発展に貢献できる、と考えられた。どこまで回収可能なのかまったく怪しい証券が複雑な方法で金融商品に組み込まれ、次々と市場に供給されていった。


こうした金融商品は、格付け会社の審査や法の規制を巧みに潜り抜け、しばしば市場で日本の国債よりも高い信用を得た。詳しい事情を知らない一般の投資家も、これらの商品で資産運用することがより進んだ資産管理の在り方だと信じた。

民営化の条件はざっくりいうと、民間でやると、コストが内部化されるので効率は上がるが、社会的便益が内部化されないので、サービスの質(公平性や安全性)が落ちる官でやると、逆にサービスの質は維持しやすいが、コストが内部化されないので、効率が悪いサービスの質を維持するインセンティブのあるNPOがエージェントになれば、1や2よりパフォーマンスを上げることもできる(Besley-Ghatak)今回の場合は、これに加えて表現の自由という問題がからむので、官でやることは正当化できない。


ただ営利目的でやると、モラルハザードが生じやすいので、監視機関の参加資格をNPOに限り、データベースを共有する、といった条件をつけてはどうだろうか。しかしこの場合も、フィルタリング・コストを負担しないで意図的に有害情報を出す悪質サイトやISPが出てくるだろう。こういう業者は、監視機関がブラックリストに入れてフィルタリングするしかない。


PCの場合にも、フィルタリング・ソフトを無償でダウンロード可能にすればよい。この場合、悪質業者が監視機関を訴える可能性があるので、その民事免責は法的に必要だろう。フィルタリングも知らない親の子供はどうするんだという声もあるが、そこまで面倒は見きれない。子供の教育は親の責任である。