初七日後、七日ごとに親戚が集まってお経をあげています。
まだまだ、悲しみは深く祖母(母の母)はお経をあげながら涙が止まらないそうです。
私も、ちょくちょく実家に行っては、線香をあげています。
遺影の母は敬老の日に私の娘と息子と父と一緒に撮影した写真でとても良い顔で微笑んでいます。
孫が大好きだった母・・・。
病気になっても、麻薬で意識が朦朧としても、孫が
「ばあちゃんバイバイ」
と言うと
「バイバイ」と手を振っていました。
なくなる当日も苦しいなか、かすかに返事をしていました。
記憶の母は闘病中の苦しそうな母ばかりで、以前の楽しそうに笑っている母の姿は出てきません。
苦しくて辛そうな母を覚えているので、なくなったときに
「もう苦しくないね…楽になったね…」と思ったのかもしれません。
もう苦しむこともない、と安堵したのかもしれません。
でも笑っている以前の写真を見ると、昔の母が楽しそうに過ごしていたことを思い出して涙がでるのかな・・・。
「孫ちゃんの小学校入学楽しみだね」
「ランドセルはばあちゃんがかわいいのを買ってあげるからね」
お見舞いにいけば
「靴が破れちゃってるよ、こんどばあちゃんと買いにいこうね」
「おやつ買っておいで、病院は退屈でごめんね」
「はやく退院するからまた家で遊ぼうね」
もう出来ません。
来年小学校になる娘を見ることもできません。
多分、下の子は記憶にも残らないかもしれない・・・。
病気にならなければ、いろいろ出来たであろうことが、もう出来ない。
それを、これから先、いろいろな場面で思い出していくのでしょうね。
出来れば一緒にこれからも過ごしていきたかった。
娘の小学校も、中学校も結婚式も・・・。
見てほしかった。
一緒に笑って過ごしたかった。
最近お母さんにとても会いたいと思ってしまいます。
亡くなってからは、夢でさえ出てきてくれません。
いろいろ、やり残したことがあるよね。
最後の入院、ちゃんと残りの寿命を話してあげたほうがよかったかな?
そしたら、自分で自分人生の整理もできたかな。
病気の告知
余命の告知
自分自身が辛くて、お母さんに言えなかった。
きっと父も同じだろう。
お母さんがやり残したことがあって、後悔させていまったのではないかと
それが悔やまれます。
今は安らかに眠れているのかな。
夢でもいいから会いに来てほしいよ。
母が亡くなったので、このブログももう書かないかもしれません。
もう少し気持ちが整理できるまで書き続けるかもしれません。