後半の書いたのだけアップしちゃおう。
読むひといても、気にしない。私が書きたかったことだから。
家に帰ったら、前半、覚えてたら書くことにする。

えーと、題は『犠牲的?精神を味わう』

又、話を少し戻す。

その方が、地震のあと仕事の関係の人や有志の人を募って、数人で地震の被災地に物資を積んで遠回りの道を使い、いち速く駆けつけたそうだ。
エピソードは色々有ったんだけれど、その中の一つ。
そのメンバーには、鬱の人が二人居て、救援作業をしている内に治ってしまったとのこと。
現地ではお年寄りの方が多く、当たり前の事をしただけで、手を合わせて拝んでいるお年寄りとのふれ合いから、鬱が治ってしまったそうだ(驚)。
一人は現地に留まる事を決意して、もう一人は家に帰り家族を驚かせたそうだ。
マスコミが知ららない情報は山程ある。
でも敢えて知らない方が良いかもと思う。美談をゆがめてしまうから(皮肉で哀しい事に)
弱い立場の人たちが癒しの力を持っているとは、この事で、一瞬にして鬱を治す。
けれど治したのは、本人の行動した力。
動いて、初めて出る結果。

人間の心は凄い(*_*)
それから、自主責任で活動している方たち。
元々持っている、人のために動きたい助けたい精神。クリアで清々しい考え方。
でも、おごりも何も存在しない。当たり前の事で、逆に心の栄養に(喜んで)してしまう。
世に言う人のよいタイプ(日本人には多いと思う)
で、当たり前の事だから、誰も犠牲になってるとは思わない。嬉しくて仕方がない。本当に嬉しいんですよね~これが、幸せな気持ち