どこまで書いたか、チョット整理してみる。


オヤジは、いつからこんなんなのか?義理の弟が以前に言っていたが、子供のときからだそうだ。

だから、私は、女のサガで、何とかできると思っていたが、何とかは出来ない。

あれは、本人の学びなんだと。

そして、親子、兄弟、私との学びのお約束。

それぞれの立場で。


ですからね、何だか、すごい美徳なお話みたいに見えてるみたいだけど、全ッ然違うからね、基本は、ホントにオヤジの事が嫌いで仕方が無いの。

それが、一番の問題点。

私は、そんなにご立派な人間じゃないよ。

だた、みんなが幸せになるのが、願いなだけ。


その個展が終わったら、オヤジの時間は又空いてしまった。

相も変わらず、ばあちゃん攻撃。よくやるよ。


結婚した時は

愛情はあったと思う。勘違いでもあった。

子供が出来たんだから。

子供の為に、子供は神さまが私に預けてくださった大事な預かりもの、同等の人間と思っていた。

子供たちが小さいときは、

お父さんは、毎日お仕事して大変なのよ。だから、寝てばっかりなの。

と言っていた。

子供たちが学校に行くようになったら、よそのお父さんは寝ていないので、

そのうち、矛盾を感じるようになり、私も、それ以上は言わなくなった。

その上、今のうちは、子供たちは小さいから何もいわないが、大きくなってあなたを越すようになったら、相手にしてもらえなくなるかもしれないし、寝込んでも、またいで通り過ぎるような扱いを受けても知りませんよ。

と、言った事もある。

私も、どうなるか分りませんから。とも、言ったと思う。

そして、私は私で、コミュニケーションをとるために、交換ノートのような、連絡帳を作ったりした。

まあ、とにかく、甲斐甲斐しい、若い奥さんだったわけで・・・

色々チャレンジしましたが、ウルサイ、関係ないの一点張り。

そのうち、こちらも壊れてきてね、

そのうち、相手にされなくなるよ、と、脅かしの言葉もいったことがあったけど、怒鳴る、大きい音を出して脅かす、は変わらず。

暴力も出るようになってきて、ある日私の首を絞めに来た。

姑がビックリして、『何しとんの!』と、叫んだので、『お母さん、止めなくていいよ、首を絞めたいらしいから』といったら、手を離した。

理屈では勝てないので、暴力に走るようになった。仕方がないのかも、弱い人は。

それからは、

愛情が憎しみと恐怖に変わった。

そして、色々あって、

愛が消えて、情(なさけ)になってしまった。

その頃は、きっと、さげすみの気持ちが大いにあったと思う。

だた、やられるまま、恐いので、抵抗しない。ヘタに殺されても、子供たちが路頭に迷うからと、心は空虚だった。

憎しみが頂点に達して、そんな自分がとってもイヤで、葛藤と戦っていた時。一番嫌な自分と一緒に居た。

そのうち、感謝が現われて、そのときには、もう、オヤジをみていなかった。

自分の人生の目的、使命、理由などを探求し始めていた。

だから、感謝と共に、情は消えていった。

さげすみも無くなって、同等の人間としてみるしかないと思うようになった。

一人の人間として。

そして、人類愛へと進む。

だから、愛という字が入っているので、勘違いされるかもしれないが、

男女の愛は、とっくに消え去ってなくなっている。

憎しみの裏返しの愛なんですねって言われても、『違いますよっ!』って、堂々と言ってしまいます。

冷たいと思われるかも知れませんが、感謝の表れと共に、憎しみも情けも消えていきました。

だから、地球上のどの人々とも同じ位置。

仕方が無いんですよ。恐怖と戦って、危険な世界を切り抜けてきたから。

美しい愛なんですねぇ~なんて、そんな、甘いもんやおまへんでぇ~!


負け惜しみでも、何でもありません。

本当に人類愛しかないんです。

全ての人と同等な。

ただ、メッチャ近くで、酷い目に合いつづけているので、嫌われる行為をしていると言うこと自体、本人に自覚が無いのが残念ですが、嫌いで仕方が無いんです。

だから、本当に解放されたいだけ。


それで、個展騒ぎが終了して、元通り。

私は、ガックリ。


2年前、中学時代の同級生が、東京から帰郷して、選挙に出馬する、それも全国区。

同級生の間で盛り上がり、事務所を立ち上げ、同級会中心に全面的に押す流れになった。

そして、聞いてきた、どう思う?と、

同じように返事した、お金が絡まない形で、心から応援するのであれば、これも、ボランティアとして活動すればいいんじゃない?でも、私は協力しません。選挙に興味を持ちたくないので。

それで、長いお手伝い。ついでに町会議員に出る人まで現われて、2年くらい選挙活動。

私は平和だった、興味がアッチに行ってしまっているので。

選挙のほとぼりが冷めると、又、元通り。

今年の初夏、又、個展の話が出た。

同じように質問。同じように答える。

個展が終了、又、元通り。

オヤジに何か変化があったのだろうか?

分らない、イチャモンも母親攻撃も変わらない。


でも、その代わり、私の中に変化が現われた。

昨年の秋頃、ずっと、問い続けていた、オヤジの存在。私の宇宙の真ん中にドカンと居座っていたオヤジが、端っこの方に移動している。

何だか、あまり、存在感がなくなってきた。


私は、ずっと自分の中を探り続け、自分の中で日々色々な、プチ覚醒が起きていた。

目覚めかけては、現実とのギャップに苦しみ、それを、何回も何回も繰り返してきた。3年かかった。

その間に、幸せ禁止令が徐々に解け始め、又、よみがえり、解け始めの繰返し。殆んど解けた。

同時に、私がしあわせになったら、みんなが幸せになると本当に思えるようになった。

春からの、オヤジ対応は、私を母親と勘違いしている(実際の母親には憎しみを投げかけて、)オヤジに、私はアンタの母親じゃないよ。

母親は、そちらだよ。私を頼っていたら、いつまでたっても大人になれないよ。

という事を、荒療治で知らせてきている。

そうして、自分がいまここで、生きていて、何をしているのかを知らせている。

あなたには、もう、私は必要じゃなくなって来たんだよ。

もう、自分の足で歩いてごらん。

と言う流れが来ているんです。


オヤジがそれで、覚醒してもしなくても、私にはあまり関係がありません。よかったね、幸せになってね。と思うだけなんです。

みんな、幸せになる権利があるんです。でも、それは自分で、決心する事。

様々な人との関わりを通して、約束してきた事を実行して、得る事です。


そして、私には、同時に、今までお疲れさま。

もういいからね、と、ありとあらゆる存在たちからのメッセージを、受け取っているのです。

私がジタバタしても、しなくても、決心して実行すれば、それなりの流れがやってくるのです。

私に、みんなに、良かれと思ってやってくるのです。

そのファイナルの為の、モラハラ事件簿なのです。もう暫く、お付き合い下さい。



ちょっと違うオマケですが。


私には、別れた父親が居ます。

26歳頃、男性に対する恐怖心・異常なほどな献身心・ファザコンを解決する為に、父親を探す事にした。私の勤めている会社は、関連会社をいくつか持っていて、その頃は、セミナー関係の部署に居た。いわゆる自己啓発。

そこで、TAとか、人生脚本とか、人生の成功法則とか、カリキュラムがあり、自分なりに解決の方法を学んだ。

それで、父親を探そうと決意した。姉たちは、反対した、何故なら苦労を置いて行った父親を恨んでいたから。

私は、小さかったので、只、寂しかったそれだけだった。母親に逢いたいか?と聞いたら逢いたい、と言うので、探す事にした。すぐにみつかった。まるで、神さまが導いてくれるかのように、聞きに入った雀荘に、私の従兄弟にあたる人が居た。付き合いは離婚した時点で、完全に切れていた従兄弟らしい。

すぐに案内してくれて、離婚して、ずっと一人暮らし、相変わらずギャンブルは止めれないらしく、貧しい暮らしをしていた。

小学校4年生で、突然別れたきり、10何年ぶりの再会なので、私はとても感動すると思っていた。

けれど、何の感動も起きなかった。そんな自分にビックリした。けれど、私は恨んでいないよ、感謝しているよと言った。

どこまでが本心か分らなかった。父親が惨めに見えたからだと思う。

翌日、母を連れてきて再会させた。一晩一緒にさせておいた。

私は、それから会いに行かなかった。行けなかったが正解。

母は、時々連絡を取ったらしいが、そんなに続かなかったと思う。それから、まもなく私は結婚した。

母が亡くなって、父とも会ってないから、生きてるのか死んでいるのかも分らなかった。

3年前、ある人に会いにいったら?といわれた。その気はあまり起きなかったが、生きているのかだけでも、確かめたほうが良いかもと思い、かすかな記憶を頼りに、更に25年ぶりに探しに行った。25年経ってたんだ!驚いた。

かすかな記憶は、すぐによみがえり、父親はとても喜んでいた。けれど、私は冷めている。私ってなんて冷たいんだろうと、驚いた。

で、あまり会いたいと思わないので、1年半くらいは行かなかった。

去年の夏ごろ、ぶらりと行った。数回話をした。

父の昔話、戦争体験、子供のときの話、離婚してからの生活。

父も、わりと冷めていたが、娘達の結婚は新聞に載るので、全部チェックしていたらしい。

姉たちに申し訳ないとあやまっていたと伝えてくれと言われた。

まだ、伝えていない。怒るだけだろうから。私が会った事さえ知らない。毎日阿弥陀経を唱えているという。

○○子は(私の事)仏様が守っている子だから大丈夫だと言っていた。父親の姉は(もう亡くなっている)あるときから、不思議な力を授かって人を視ることが出来たといっていた。○○子もその力があると思うとも言われた。

だから、私は霊媒体質だったのか!父方の遺伝か?と思った。

色々話すうちに、父にもこうなる人生を選んできたのかと何だか思うことが出来た。それで、本当に存在してくれている事に感謝できた。でも、それだけだった。

父が、今は、毎日、阿弥陀経を唱えているだけだ、それが自分に出来ることだけで、それでいいと云う。

父が、それで幸せだと思うのならそれでいい。

1月に転んで、怪我をしたことは連絡していない、去年の秋から来なくなったな?と思っているだろう。

人が幸せか幸せでないかは、他者が決めることではない。

人生を生きてきて、死ぬ時に、あぁ、幸せだ。と思うかどうかだけだと思う。

人の判断ではない。

どんなに恵まれていても、裕福でも、人を恨んでいたり、自分の生活に満足して居なかったら、本人は幸せだとは思っていないだろう。けれど、そのことは誰にも分らない。


すべては、自分の中で起きていることだからだ。


ここまで来て、私が最近思っていること。


順番でいくと、おばあちゃん(姑)が亡くなったとする。私が一番心配していたおばあちゃんが、もう居なくなってしまったから、さっさと、オヤジから離れると思う。この家から出て行かないのは、おばあちゃんが哀しみ辛くなるから。おばあちゃんが居なくなって、オヤジとの生活は絶対イヤだ。おばあちゃんが居てくれるから助かっているのだから。


オヤジが先に死んだとする。これはこれで、一番の解決。おばあちゃんはオヤジと闘わなくていい。息子が亡くなるのは辛いかも知れないが、散々やられてきているから、この家は、ある意味平和になる。私も出て行く意味がなくなる。


そして、私が先に死んだとする。

それで、おしまいである。

私の人生の問題だから。

一件落着である。今は、もう、死の恐怖さえなくなってしまった。オヤジのおかげか?


という事は、今を生きなくてはいけないということになる。自分が気分がいいことをする。今を生きる。

そうしたら、やはり、私は自由になりたい。


オヤジは、私が居なくても幸せになろうと思えば幸せになる。

それは、すべて、本人の問題だから。

例えば、私が死んだとする。もう、どうしようもない。後を追う必要もない。そんな問題なんです。


私が去年貰った、『マザーテレサのお言葉』という文章がある。

これは、ある人がマザーテレサから直接貰った言葉。

今の私にピッタリなので、あげますと云われた、言葉です。

マザーテレサは本当に偉大な人です。


【マザーテレサのお言葉】


『人は不合理、非論理、利己的です。


気にすることなく、人を愛しなさい。


あなたが善を行うと、


利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。


気にすることなく、善を行いなさい。


目的を達しようとするとき、


邪魔立てする人に出会うでしょう。


気にすることなく、やり遂げなさい。


善い行いをしても、


おそらく次の日には忘れられるでしょう。


気にすることなく、し続けなさい。


あなたの正直さと誠実さがとが、


あなたを傷つけるでしょう。


気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい。


あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう。


気にすることなく、作り続けなさい。


助けた相手から、


恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。


気にすることなく、助け続けなさい。


あなたの中の最良のものを、


この世界に与えなさい。


たとえそれが十分でなくても


気にすることなく、


最良のものをこの世界に与え続けなさい。




最後に振り返ると、


あなたにもわかるはず、


結局は、


全てあなたと内なる神との間のことなのです。


あなたと他の人の間のことであったことは


一度もなかったのです』



この最後の6行が、とても、深く感じるのです。

今日、読みに来てくださった、あなたにも・・・