この家庭(我が家)で、私と子供たち3人は、いつも一緒だった。
どんな時も、私は、子供たちを我が身にくっつけていた。
オヤジから逃れる為に、守るために、おばあちゃんの過剰な干渉から逃れる為に、座敷牢で身を守るために。
その中での生活は、いつも私と3人。
乳飲み子からずっと。
そうしないと、だれも世話をしないので、子供たちは路頭に迷う。
で、その中での生活は、ギャグ・笑いあり。
オヤジをギャグにしてしまう。
これがホントのオヤジギャグ。

恐怖のオヤジ・意味不明のオヤジ・チンプンカンプンのオヤジの物真似をして、笑いに誘う。
聞こえないところで、帰ってこないところで、密かに吉本風をブチかます。

私の車は、動く母子の部屋。
どこへ行くにも、必ず4人一緒。
まるで、私が長女。
或いは、息子が父親代わり。

他人には分らない、この結束。
今では、バラバラにしか乗らない車も、何かの機会に、1たび4人揃うと、テンションが高くなる。
そして、必ず、誰か一人(私を含む)、機嫌が悪かったりする。
そのときの対応・パターンはいつもドキドキするくらい、刺激的。

懐かしい想いが甦った。

だから、私は、『母親』兼『父親』兼『友人』兼『同等にアドバイスをし合う仲間』なのか!



今回の質問で、色々書いてみる。


何故、離婚反対者なのか?。イヤ!離婚反対者だったのか?(過去形)


コメントにも書いたが、

私は両親の離婚を体験して、寂しい子供時代を過ごした。

子供たちは、幸せに育てたい。と、思い続けていた。


けれど、子供たちが、小学校の高学年くらいになると、必ず3人とも、『どうして離婚しないの?中学生になったら離婚する?』と聞いてくる。

私は、不安に思って聞いて来るんだと思っていたが、実は望んでいた事を、最近になって知った!!


私には、姉が3人居るが、年齢が離れており、遊びは全く合わず、しいていえば、ませた少女として育った。

姉たちとの年齢の差は  :長女:9才

                 次女7才

                 三女5才

                 そして私


小さいときは、友達と遊ぶ以外は、お人形遊び・一人ままごと・ネコや犬とお話。

で、色んなものに話し掛けていた。

           

離婚反対は、自分自身にだけ、(姉たち)長女と次女は、それぞれ子供3人をもうけ、離婚している。

長女は、再婚し、今では2人だけの穏やかな生活を送っている。(彼女も過酷な人生を送っていると思う)


次女は、再婚せずに、実家を継いでいる、しかし、離婚しても姓を変えなかったので(子供の学校の理由で)実家は、元夫の名字になっている。親戚のおばさんたちは騒いでいたが、姉は頑として受け付けなかったので、そのまま、おばさんたちの実家がなくなったようなもんだ(勿論私たちもだが)。お仏壇と墓守はしてくれているので、別にこだわらない。財産もかってに一人で相続してしまったけれど、姉妹の争いをしたくない私たちなので、知らん顔をしている。お蔭でなのか、次女には息子のことで悩みが耐えない。欲と執着は持たない方がいい。


義理の弟も離婚した。嫁のあまりの横暴さにお酒に走り、このままではアル中になる恐れがあるので、アドバイスして、家を飛び出すように進めた。

お蔭で、8年かけて離婚調停にこぎつけた。調停員が嫁の異常さとヒステリーさに呆れていたらしい。


結婚が決まり、何だか結婚したくなくなった時、どこからか、私の家とオヤジの家の先祖同士が話し合って結婚を決めた。と言う感じがやってきて(これは間違いないのだが、別に信じてもらえなくても良い)

だから、あきらめた。

そのときには、女性特有の母性愛が働き(私には異常にあるようだ)、この人を変えるのは私が何とかできるのかもしれない。という、おかしな術に囚われ、入り込んでいた。


結婚してから知った、おかしな母VS息子関係に、私が間に入ってこの関係を和らげる事と、先祖からの因縁を解消する為に、私が居なければいけないのだ。と、おかしな確信を持った。


この家に入ってからは、私の事は二の次にしてしまう、変な流れが始まり、私が我慢をすれば、全部上手く流れていくと思い込んでいた。

それと、私自身が持っている、ファザコンによって、妻とは良妻賢母で三つ指ついて仕えるものだと、封建的な考えが美徳だと思っていたところがあった。


いつの間にか、この家は、私が居ないと離散してしまうというオカシナ観念が私の中に植え付けられた。

姑は、私が居ないと、息子(オヤジ)にやられて、トンでもない晩年を送ることになる。

オヤジは、私がこの家に居ないと、やっていけなくなる、感謝している。といい続け、DVを止めなかった。



こうして、活字にして改めて見て見ると、なんだこれは!!と思う。

けれど、本当にそのままで思いこんでいた。すべては幻想とみてもいいくらいいだ。

けれど、この25年間の私の選択は、私の人生に於いては、プログラムしてきた事なので、必要必然の事と伺える。

何故なら、この体験のお蔭で、今の強靭な・人生を楽しむ私が存在しているのだから。

そして、様々な力も得る事ができた。


余談だが、この25年間は、モラハラオヤジにやられて、暗い日々を過ごしてばかりいたのではない。

元々、好奇心旺盛で、何でも知りたがり、何でも調べたがりなので、オヤジの酷い仕打ちのお蔭で、この世界からどうしたら脱する事ができるのか、ありとあらゆる本を読み、気になることがあると、ばあちゃんとオヤジの監禁をかいくぐり、色んな講演会や、不思議世界を覗きに行ったりしている。

この、座敷牢環境がなくて、平々凡々の人生だったら、ここまでの私はありえない。

だから、全てに感謝しているというのは、本当に本心なのである。モラハラオヤジの存在にも感謝している。

本人にも、そのように伝えてある。

以前(7-8年くらい前かな)、こんな毎日は、家庭内離婚と同じなので、オカシイ、夫婦生活も無いし、一生出来ないのか?と抗議の手紙をもらった事がある。

その返事には、私は、あなたに酷い暴力・性的嫌がらせも受けているので、そのトラウマがあるから、近づく事は出来ません。息が出来なくなるくらいです。ですから、一生すること(性生活)は絶対にありえません。

100組の夫婦がいたら、100パターンの生活があってもおかしくありません。

ですから、家庭内離婚は変ではありません。

ただ、このような酷い仕打ちをしてくれたお蔭で、今の私がありますので、そのことは感謝していますから、心配要りません。

と、書いた。

安心したようだが、一つ書かなかったのは、『でも、あなたの事は大嫌いです』と、書けなかった。

何故なら、そのことで暴れられると、めんどうだと思ったし、家庭内離婚がうまく流れて行かないと思ったので。


けれど、とうとう、今年の7月19日、記念すべき大爆発が起きて、翌日、相も変わらない能天気なオヤジイチャモンが来て、そのやり取りに、プツンと切れて、

『お前の(お前なんて始めて呼んだよ、ドキドキした)、そお言うところが大嫌いなので、もう答えません』

と、送ってしまった。

その返事に、オヤジは

『はい』

としか返してこなかった。

(バカにしとるのか~)

と、思ったが、男性の友人に話したら、きっと、恐いから(今後何を言い出すのか不安になって)そんな返事しか出来なかったんだよ。

と、言われた。


これは、モラハラを知ってから、納得した。

モラハラは、こういうときの対処が出来なくて、一瞬固まり、突然、心のやさしい良い人になりすますらしい。

そして、様子を見計らって、モラハラ攻撃をしてくるらしい。

ただ、私はこの前日に、大爆発をして、私の宇宙にビッグバンが起きてしまい。意識が拡がり、空・無のようなものを体験し、思考が暫く止まっていた(1週間くらい)

なので、オヤジの考えをはるかに越えてしまっていた。

どんな、大爆発が起きたのかは、後日書くかもしれない。今から思うと、用意周到にセッティングされていたなと、感じる。


大爆発が起きた時は、娘のアパートから帰る帰り道で、3時間ぐらい車の中で泣き続けた。これ以上泣けないと言うくらい。そして、家に帰りたくなかった。友人が電話してきて、家に帰りなさいといってくれたが嫌だった。

ずっとなき続け、オヤジなんか死ねばいい!とか

私は出来た人間じゃない、オヤジ死ねと、心から思う人間だ

あんなやつ、どっかへ消えてしまえ!

バカオヤジなんか、いらない!!!

と、ずっと泣き続けた。

あんな奴と離婚してやりたい!!


そうしているうちに、亡くなった母を感じた。『もう、いいよ』と言ってくれている。

私は、母に謝った。

『お母さん、ごめんなさい。私は、心の中で、あなたが離婚を選んだ事をずっと責めていた。口には出さなかったけれど、分ってたよね。ごめんなさい。

あなたが、離婚をして、夫の残していった借金を一人で返済し続け、家の田畑も売ることなく、田畑を耕し、娘4人を育て上げ、誰にも頼らず、孤独の中で生きてきたこと、知っています。あなたが亡くなってから、強い母に育てられた私を慈しみ、感謝の気持ちも強くなりましたが、離婚した事だけは、許してなかった。

本当にごめんなさい。離婚を選んだあなたは正しかった。お母さんは本当に正しかったんです。ごめんなさい。

と、心から伝える事ができて、母の存在、意識として残っている存在に伝える事が出来、母も喜んでくれているのが感じられた。

この時、離婚反対派から脱出することが出来たのです。


記念すべき出来事。


そして、全ては、自分の中の出来事だと、理解できたのです。


本当に決心して実行する事は勇気がいる事です。


私の場合、自分の中の問題が解決できてきたので、離婚をするかしないかは、正しい流れに任せています。

けれど、自分が思うこと、感じること、決心した事は、必ず行動します。それが自分の人生の責任を取ることです。(そんなに、固くは考えていないけどね、楽しくへらへら生きてる、がんばらない、直感・衝動で生きています。昔から)


それと、私の思いは、全ての人が幸せになること、強引な離婚はむずかしい。

オヤジでさえも、自分から離婚すると思えるのが、オヤジにも幸せになって欲しいと思っている。

表面的な幸せではなく、オヤジにとっての必要な流れ。


今年の春頃、ある人のアドバイスから

『お姑さんとご主人の間に入って、自分の責任を取ろうと思わなくてもいいですよ。

お姑さんとご主人の戦いは、母子の戦いをしようと、ワザワザ選んでこの世に来たのですから、あなたは自分を責めなくていいですよ。母子の戦いは、この世で完結しなくても、片方が死んだら、それで終わるのですから。』

と、いわれて、私はなんて驕った(思い上がった)事を考えていたんだろう。

何様のつもりで、姑とオヤジの間で活躍してたんだろう!と、ハッと思ってしまった。


姑は、私を頼りにしてしまっているけど、息子とまともにぶつかるようにしなければ、じゃまをしちゃいけないんだ。

あの人達の学びがあったんだ!と、気が付いた。

私は、私の学びがあったから、今まではこれでよかったけど、気が付いた以上は、『もう、お疲れさ~ん』なんだと、分った。

オヤジも、母親を一生憎んでやる。だから、俺は母親とは喋らないから、お前が俺の代わりに俺の用事を言いつけろ。と言っていたのをそっくり返してやる事にした。

だから、無意識のうちに、モラハラ対策は少しずつ始まっていたのだが、詰めが甘かった。

モラハラと言う言葉を知ったお蔭で、自身をもって行動できるようになった。

私って、すごい。

劇的な人生を、プログラミングしてきたもんだ!

そのために、出逢う人たちを選んで、約束してきた事も感じる。

すごいよなぁ、人生って。


私は、オヤジの事だけで生きているのではなく、興味の対象がいっぱいある。

だから、地底世界の事や、宇宙の存在の事、UHOのこと、地球の始まりの事、未来からのメッセージのこと、闇の存在の策略の事、これからの地球の流れの事、これから始まる経済破綻のこと、興味の対象はたくさんある。

なので、オヤジの事で、いつもウダウダしていられない。娘のウツは終わってないし。


人生は面白いことばかりだと、いつも、思っている。

だから、いまここを生きている。

落ち込んだり、ハイになったり、毎日、色々あっても、全身全霊で受けて生きている。

何といっても、何でもありの、へらへら人生が一番。


今日もたくさん書いて、こんな時間になってしまった。

でも、一日ねてたから、いいか。

それでは、おやすみなさい。


おまけのおまけ

そして、私の前に現われる人にも、全身全霊で付き合う。

めんどくさいと思うときもあったりするけど、そういうときも、それなりにお付き合いする。

いつも、直感を大切にしている。