自営業だった両親。
土日は朝から夜遅くまで
いないことが多く、
育児は祖母任せだった。
よく癇癪を起こす子供で、
よくおばあちゃんを困られていた。
自分でも何で騒いでいるか分からなくて
辛くてどうしようもなくて、
だからわたしが気が済むまで付き合ってくれていた。
父も全く構ってくれない人だったし、
母のこともあり、
わたしは人と話す事や
言いたいことは言えない
甘え方の知らない子として育っていった。
唯一の理解者で、
唯一褒めてくれるのは
おじいちゃんが亡くなってからは
おばあちゃんただ1人だった。
わたしが甘え方を分からないから
「甘えにおいで」
のサインは、
『こっちにおいで』
だった。
なぜか毎回その言葉を聞くと
涙が溢れてきてたの覚えてる。
母からのヒステリーが発生すると
いつもおばあちゃんが抱っこしてかくまってくれた。
母のヒステリーで辛くても中学生までおばぁちゃんがかばってくれていた。
母の事から人の顔色を伺い、周りの目を気にして何も話さない子になっていた。
子供達が生まれてからも、
自分が好かれてるか怖く、口癖のように
「ママのこと好き?」
と言っていた。
小さいながら息子は、
「大好きだよ!」て抱きしめて頭をなでてくれた。
どっちが子供か分からないくらいに…
だからか未だにお付き合いした人にも、
ずっと甘えられずに、どこか距離を置くことしか出来なかった。
母のように怒鳴られる。
嫌がられると…
そう育ってしまったから
わたしにはかなり難しくて出来ない事。