めっ(だめ)、とか、こらこらとか、息子が生まれてからは、よく口にするようになりました。やんちゃだから、もう口をつくように。

息子は、全然平気な様子で、むしろ、ちょっと悪戯そうな笑みを浮かべながら、はーい!なんて返事します。

息子が生まれて気付いたのですが、あの日、彼を牽制した、あの瞬間に働いたのは、母性だったようです。そして彼も、自分がリードしないといけない、と思っていた女から、急にそんなふうにされたものだから、戸惑って、あんな顔をしたんでしょう。


結局、彼とは、それっきりになってしまいました。働き始めたばかりの新米だったのに、あんなに高いディナーをおごって、休みまでとって、回収できなかった女なんて。そりゃ嫌いになりますよね。

私も、彼を失ってかなりショックを受けました。自分の経験のなさと、判断力のなさから、あんなにいい男を逃したんだから。あのあと、幾らか恋をしたけれど、スペックだけで言ったら、彼以上の人に出会うことは、もうありませんでした。

あれは、手痛い失敗でしたが、恋の手習いにはぴったりでした。それから私は、いいなと思う男がいたら、はっきり好意を示すように変えました。駆け引きは、性に合わないので。

あと、保身じゃなく、相手のためにできることをすること。都合のいい女になるくらいがちょうどよくて、それで響かない男なら、捨ててしまえばいいだけのことだから。

綺麗な色に染まれよ、って言われたけれど、今の私は、彼にはどう映るのかしら。

彼はきっと、今もいい男でしょう。

あなたって、歳とらなさそうね、って言ったら、

髪があれば、と言って、私を笑わせたけれど、あなたはきっと、どんなになってもいい男よ。私が好きになった人だもの。この記憶が消える日まで、どうかずっと、いい男だったって、想わせてね。