今ならわかる。

あのとき、美容師の彼が、どうして振り向いてくれなかったのか。

私は彼より、精神的に幼くて、ただ彼のことが好きで、一緒にいたいだけでした。

でも彼は、私と彼は生きる世界が違って、絶対に結ばれることがないことを、知っていたのでしょう。

お父さんは、俺じゃ許してくれない。

彼の言った言葉を理解できたのは、ずいぶん経ってからでした。


今思うと、私は彼のそういうところも好きだったんでしょう。適当にあしらって、遊んだって良かったのに、そういうことをしなかった。

ただ本当に優しくて、彼といると、守られているような、不思議な気持ちになりました。夫も穏やかな人ですが、優しいというのとは、少し違う。穀潰しは言わずもがな。

彼の愛は、一歩引いて、私を見守ってくれるものでした。もしかしたら、そこに葛藤や、無力感もあったかもしれないけれど。


私は今、あのときの美容師の彼と、同じ立場にいるような気がします。

絶対に結ばれない、愛しい人。その人の幸せを願うだけで、何もできないのは、案外辛いものですね。

私は、美容師の彼のように、上手く振る舞えるかしら。この切ない気持ちを隠して、彼に明るく振る舞い続けることができるかしら。


けれど往々に、皆そんなものかもしれない。

年の瀬に会ったときも、それ以降も、彼は届け物が済んでも、行くのをためらう。何か言いたそうにする。彼も私と同じ気持ちなら、きっとそこそこ切ないでしょう。

こんなに近くで話しているのに、想いを、伝えることもできず、こんなにお互い、別れを惜しんでいるのに、指先を、触れ合うこともできず、こんな切ない気持ちを思い出すなら、恋なんて、もうしたくなかったのに。