
妄想と目標を辞書で調べると以下のようにできてきます。
(妄想)
根拠のないありえない内容であるにもかかわらず確信をもち、事実や論理によって訂正することができない主観的な信念。
(目標)
身体的運動,心的活動など生体の行う行動が目指している最終的な結果。
私も目標を持って、確実に現実を見ながら行動して成果を得ている。
しかし、目標を持つ時は必ず「想像」するところから始まるのである。
人のやっていることを真似して行うときにはあまり想像することはありませんが、人がやっていなことを行うときには想像するのは当たり前のように行うのである。
時として、想像が妄想になって行き、泥沼に入り現実にならないことを一生懸命行って、マイナス思考に陥るのである。
やはり、想像しても一人でも多くの人に理解をしてもらわなければ、妄想となってしまう。
理解してもらえる人がいても、一緒に行動してもらえる人がいなければ、それも妄想になる。
自分が想像をしたものを、信念を持って現実化していくのであるが、以前にも書いたように、『信念』とは、人に言う今の心と漢字を紐解くと書いてある。
今の本当の自分の心を人に伝えることが、信念であり目標が達成できるというものである。
となると、最初に想像したものが、時が経つにつれ今の自分の心とは違ったとすれば、現実にはならなく根拠もないありえない内容になるのかもしれません。
想像を常に自分の心と照らし合わせ、目標を見なければ「妄想」になるということですね。
私もいろんな人の意見を聞いたり、勉強もしてきました、しかし、社会的に偉い人でも「妄想」を語っている人も多くいました。
そんな自分も同じ妄想にはまってしまったことがあります。
今!高野山の修行の中で、自分の心を見つめ一つ一つ学んできた妄想を消しているところです。
本当にどんな立場になっても「一生学ぶ」気持ちは忘れません。
鈴木教禅らしく、禅をして自分を見つめ人にお教えを伝えさせてもらえば嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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