2019年を振り返り目先の事を考えた時に、来年は色々な面で仕事が大変になるだろうなぁと感じている。

現在2社の責任者として「金融」を中心に関わっている中で、業務に専念するステージに入ったと思う。

正直なところ、まだまだ説明できていない事が沢山あって心残りであることは事実であるものの、今が第二創業期であるなら、自分の行うべきことを責任をもって実行していくことが優先される。

ブログを始めて約4年間、分かりにくい独り言に付き合っていただき、とても感謝しています。

2019年の大納会をもって当ブログを終了し、これから先はIRなどで必要に応じて当社の状況を開示していく予定です。

これからも、インタートレードをよろしくお願いします。

<最後にブログを更新してくれたスタッフから一言。>
2016年3月から約4年間にわたり、ブログを通じて西本の頭の中を表現してきました。
長い間多くの読者の皆様に当ブログにご訪問いただきありがとうございました。
深く感謝申し上げます。

それでも、新事業にはその苦しみを超えていく価値があると信じている。

それもヒト類の進化としての新しいステージだと思うし、それに挑戦している者が持つ価値観でもある。

資本主義における銀行の代替、それは信用力の代替でもある。

明治維新の後、国民の資産をつくるために国がサービス(貯金の概念)を提供したことを話した。

令和の時代になって、国民の作ってきた資産を守ることが必要になり、そのためにフィンテックが動き出す。

そういう意味で、西本は令和維新だと言っている。

フィンテックとエコシステム(複数企業が事業や商品開発で協力しあう仕組み)、これを現実の世界でサービスとして実現していく。

業種・業界の枠を超えた異なる立場の参加者が新しいサービスを立ち上げる。

インターネットのような機械環境の中でデジタル化された価値は、絶対的なものになっていくはず。

そして、その価値の移動が簡単に行われる時代になる。

ヒトのノウハウの交換ですら、何等かの共通の価値のあるものを使って実現されると思う。

ヒトのアイデアや仕事は、もっとダイレクトに新しい収入(稼ぐ事)に結び付く。

当事者同士の直接取引の時代を、今とは比較にならないくらいに簡単にしてしまうのが、キャッシュレスであり、そのためのFATF整備になるのだと思う。

数か月前位からだろうか、MMT(現代貨幣理論)という言葉を耳にするが、こういうのが話題になると、もう現代の資本主義は限界にあるのだと再認識してしまう。

この概念は、「貨幣というのは負債の記録」としているが、そういう考えでも良かろう。

ただ、お金という特性のものは単純なデータとか物ではなくて、本質としては信用力が重要である。

きちんとした信用を管理できる環境があってMMTは機能すると思うのだが、その信用がどれほど難しいものであるのかということを理解しているのか疑問である。

MMTでは通貨を発行する国はその国の通貨建て債務がいくら増えてもデフォルトしないと主張しているが、そうなると資産価値として魅力ない。

議論するのは良いが、邪道なものは嫌いである。

エラーというのは大多数の意見が正しいとする民主主義の理論であるなら、大多数の意見が間違えていることもあり得る。

過去において、地動説を多くのヒトが信じていた時代があった。

事実は今の段階で目に見えているものが全てとは限らない。

もっと正しい事実が隠れているのかもしれないわけだ。

少し前まで世界は共通通貨を作ろうとしていた。

しかし、それは米$でも実現できなかった。

それの続きである。

ただ共通通貨ではない。

提供されるのは、共通の巨大な交換インフラである。

それが、次世代の金融ということだ。

そしてビジネス(チャンス)の平等な環境を実現するのだろう。

現実的には自社単独で新物を実現することは難しいから、相乗効果が期待できる提携先をみつけ、各々の得意分野を上手く組み合わせる新しい形にする必要がある。

このあたりが、付加価値の新しいアプローチだと思うし、これから主体となる事業モデルだと思う。

トークンエコノミーなんて、世間では色々と注目されているが、エコノミーとかエコシステム、そういうエコ××の世界という流れを世界が強く感じていることは事実だ。

中間業者の徹底排除、これが時代の先にあることは確かである。

直接取引を可能にするもの、それが新しい広域サービスとして立ち上がってくる。

素晴らしいサービスを提供する母体ができれば、それ自体が絶対的価値の中心になることも事実である。

この新しい時代には、今までのような富豪の絶対的価値に並ぶ、新しいサービスの絶対的価値が出てくる。

そして、それら新旧が互いに融合する複雑な世界になるのだろう。

そういう時代における意味ある資産とは何か、それを真面目に追求したい。

具体的にはまだ詳しいことは言えないが、中途半端に考えていない。

サービスの供給先と消費側だけで完結できる究極の効率的な世界が、デジタル化の進む先にあることは確かである。

そして、このサービスをリリースしていく段階で小口化と処理速度の双方がとも向上していく必要がある。

この小口化という面だが、経済自体までも小口化する凄い力をもっている。

正しくは経済のダウンサイジング化である。
国の役割や期待が企業レベルにまで落ちて、企業レベルのものが個人レベルにまで下がってくる。

そういう、サービスの大規模なダウンサイジングが行われる。

しかし、それはシステム面での話である。

これを実現するためにもう一つの重要なことがあるのだが、それは「信用力」である。

サービスのレベルがこのように1段階下がっても、信用力は下げられない、高い水準を維持する必要がある。

この部分が重要であり、世界的に話題となっているKYC(FATF的なもの)というのはここに紐づく。

KYCは反社チェックだけだと思ったら、大きな間違いである。

その考えはすでに古い。

世界には天才がいる。

もしくは、素晴らしデジタルアーティストと表現したほうが良いのかもしれない。

やはり世界を引っ張っているのは、賢い知識ヒトのような気がする。

デジタル化をさらに進め、完全な自動化を目指すにあたって、様々な課題に対応しているのが解る。

世界が本気で動いていること、目指していることを理解できているなら、今の事業化リスクはリスクではなく、それに対応していない方がリスクだったりする。

リスクというのは、受け取り方で違うのだが、その後に結果としてわかることでもある。

コア処理のシステムを自社が扱うことに大きな意味があり、この手の業務の実用化というのは、テスト環境だけでしっかり形にできるものではない。

実際に運用して修正・チューニングしていくステージも存在している。

外資金融のフロント業務では普通に行っていることであるが、本番環境でテストするという話ではないので誤解しないでほしい。

本番のデータをとって、解析して、実態にそった環境をつくって、事業に近いところで開発するということである

金融とシステムが融合するというのは、ヒトが現場で業務を覚えるのと同じで、システムが現場で業務に対応していくのと同じことを意味している。

完全なヒトの代替、機械化というのは、そういうことを行って実現するわけである。

すでに、システムを売って収益化することにこだわりを持つ時代ではないし、それだけで会社を維持できるほど甘い時代ではない。

企業たるもの、生き残り事業を継続していくことに意味がある。

それを素直に行っているだけである。

今回の金融システムは、収益モデルのシステム化でもある。

機械が勝手に稼ぐというのは、どういうことなのかである。

収益ロジックをシステム対応して自動化することは難易度が非常に高い。

金融機関も、この超低金利下において何を収益源とするのだろうか。

証券をみても、取引などの手数料だけで結果的に投資家には利益が殆ど残らないサービスが投資家から支持されると思えない。

顧客が認めるもの・求めるものを現在の金融サービスの環境で提供するには、高額なヒトのコストを削減し、より低価格で安定したシステムで代替するのが一つの方法である。

どんな時も無停止で働き続け、災害になっても業務が動いている、世界のどこでも使える、それが最近の性能である。

便利で安心、それを機械で実現していく・・・。

ヒトの否定と言われそうだが、機械の役割とか期待というのは、そういうものである。

こういうのは、誰かが実現していくものなのだろうと思う。

世の中に存在しない新しいもの・・・。

顧客はファーストユーザという立場を嫌うし、事業のシード期というのはリスクしかないから敬遠される。

リターンなどそんなものは初期に存在しないから、もう夢とか希望とか、そういう精神論的なものを信じていたくしかない。

だから新しい概念のサービスをシステム化していくには、そのシステムをつくって自らサービスを提供していくしかない。

自らが主体となって証明するしかない。

5G高速通信の時代と、次期型の分散技術系は相性が良いと考えている。

それはシステム的な話ではなく、ビジネス的な面で見た場合の話だ。

ビジネスといっても、やはり極端な機械化を追求していくエリアの話である。

機械化って怖いと思うのだが、ヒトの能力の限界というのは色々ある。

スピードもそうで、自動車より飛行機であり、優れたサービスというのは機械が無いと実現できない。

キャッシュレスが全面に出てくると、金融はどうなるのだろうか。

キャッシュレスを実現するものがシステム技術だとすると、金融での収益(利益化)より、システム面での収益が重要になってくる。

そもそも、低金利環境で金融のロジックにて利益を出すことが難しくなっているわけで、どんどんと機械化し、システム的に金融業務を実装・自動化し、その処理自体による収益化を目指していくと考えている。

よって、金融機関は未来に向けてシステム企業として進む、これは大手外資系の経営トップ達が常にそのように説明している。

人件費コストからシステムコストに主体がシフトし、システムの優位性による収益の依存度が高まる方向にある。

収益化のため能力の高い人材を求める時代から、能力の高いシステムを求める時代になりそうだし、そういう高度なシステムが色々と出てくることも事実である。

だから世間ではフィンテックと騒いでいるのだろう。

金融単体では食えなくなるのだろうか、巨大なJPモルガンですら自分達はすでにシステムのプロだと言っていたが、その事が良く理解できる。

さて、システムベンダー側はというと金融側に向かうことになる。

システムの仕事だけでは食えないことを多くのベンダーは理解している。

色々とフリー物が沢山出回っていて、さらに品質が高く高性能なものまで出てきている。

そういうのは定形業務には相性が良くて、安価に普及するだろう。

非定形業務の特殊分野は簡単に参入できない。

次世代の金融にはそういう特殊なものが要求される。

金融というのは、理想として金融業務そのものがシステムになると思っている。

金融のシステム化ではなくて、金融自体がシステムになるのだ。

つまり、システム屋は金融業務に入り込まないとそういう対応ができないというのが、西本の見方である。

金融機関はシステムベンダー側に、システムベンダーは金融機関側に、つまり、共に同じ方向に向かっていくのが、次世代金融の姿である。

もう、金融はシステムそのものなのだという話である。

ブロックチェーンの限界を超えるため、処理デザインを変えたり、極めればネットワークの性能(ハードウエアとかも)を追求したりするだろう。

頭の固いヒトだと、ネットワークとブロックチェーンは関係ないだろうと言うかもしれないが、それは現実を知らない知識人(評論家)の思想だと思う。

パブリックチェーンが悪いわけではないし、業者の悪い運用が流出問題となっているだけだと、そういう話も出てくる。

それもそうだろうと思うし、パブリックチェーンを普通に使えばよい、当然、そんなことは常識的に理解している。

だが、現実はもっと厄介である。

実際に出来上がったものを見て、何でそうなるのかと思われる部分もあると思うが、その形にするにはきちんとした理由が存在する。

まだ理想に到達するには時間がかかる。

2020年から始まるであろうブロックチェーンの実装において、どの企業も色々と妥協している点が必ずある。

信用を得るために、ここは無理が出来ないのだ。

金融だし、少しのミスでも怖い。

作りたい機能は、相当先まで考えている。

正直なところ、最初からこれら想定している機能を全て実現できない。

ニーズに技術が追い付かないし、時間も沢山必要である。

特に金融機関で真面目にこの手の特殊サービスを検討しているところは、とても悩んでいると思うし頭が痛いと思う。

特殊サービス、それはキャッシュレスの本格的対応を意味している。

キャッシュレスの現在の対応目標は、インターネット(機械空間)だと思っている。

まだ、リアルの世界では非効率極まりないのだが、リアルの世界が目標にあることも事実である。

課題は時間が解決していくと思う。

10年後に気付けば、多くの便利なこれらのサービスが、ライフスタイルの中で普通になっていると思う。

1年で形にできるほど、金融とはそんな甘いものではない。

実際に前払い制の主力電子マネーの処理をみても日本独自である。

ただ、キャッシュレスの意味するところは世界共通である。

矛盾だらけの金融の中で想定されるキャッシュレスサービスを形にしていくことが重要で、評論家レベルではこれからのビジネスは形に出来ない。

この手の技術が話題になる中で自動化というキーワードが出てくるが、それはブロックチェーンに関係するものとして機能拡張されて実装いるものであり、スマートコントラクトという別の概念である。

このあたりの組み合わせというか、作り方、もっというと設計思想というのも難しい。

特にバグが一番出やすい部分であり、修正が多く大変なエリアでもある。

マイナーなものは小回りが利くので良いのだが、バグが出てくる。

それと性能を考えるとスマートコントラクトでの対応ではなくて、もっとレイヤーの低いところで対応すべき機能も多い。

そういう部分考えていくとマイナーなものになってしまうのだ。

セキュア、小口化、処理速度、自動化、このあたりを総称して、金融の次の一手となるのだが、この手のものを総称するなら、分散化デジタル技術という表現なのかな?

ただ、運用までを考えると、その選択が正しいと言えないわけである。

金融、技術、運用と、このブログの最初のところで話題にしていたのは、この難しい課題を理解してほしいからだ。

そういう高難易度のシステムをコストをかけずに対応していくとなると、もう、少数精鋭でも実現を優先する、そういう世界が現実にある。

少しシステムを理解しているとか、今までのシステム知識があるとか、そういう人が大人数集まっても、形に出来ない世界である。

日本の企業で、このあたりまでを対処出来るところは、まだ少ないだろうなぁ。

システムデザインなのかビジネスデザインなのか、どっちとかの話ではない、両方のシステムビジネスデザインの才能というかセンスが必要となる。

専門家となると、システムがコアか、ビジネス(業務)がコアか、基本的にどちらかに分かれるのだが、その両方のファクターを深いレベルで処理することが必要とされる。

そういうものが本当の意味でのフィンテックであり、多くのヒトたちに認識していただいきたいものだ。

そうだとしたら、フィンテックに期待していることは、とても難易度が高いことであり、それを実現するには、先行する相当なコストを覚悟して対応しなければならないことも、普通に理解してほしい。

そして、それができるから、キャッシュレスが実現できるのだと思う。

不特定多数の広域に対し、高いセキュア、小口化、高速処理かつ完全自動化の無停止を実現するわけだ。

非常に大変だが、トライする価値が十分にある内容であることは解っていただけると思う。

さらに、デジタルアセットとは、どういうものを意味するのか、このあたりはまだ内緒にしたい。

何故なら、ここの処理がキモだからだ。

分かりやすい例をあげると、ブロックチェーンは金融でも色々と応用されて使われると思う。

使われやすい特性のものは、自動車で例えると乗用車みたいなものである。

今回、当方で使いたいのはレーシングカーみたいなものになる。

ブロックチェーンとビットコインの組み合わせも、どっちが先なのか、正直よくわからないものの、その開発過程において双方が相互に関係して形になっていったと思う。

「資産」を暗号化して、さて、それをどうするのか。

「資産」の暗号化は、初期段階になる。

問題はその次である。

暗号「資産」の前に、仮想「通貨」と訳したわけだが、「通貨」と言っているのだ。

そういう「通貨」、つまり「流通」としての特性もあるのだ。

「資産」と「流通」とは、少し特性の違う「価値」になるのだ。

そして、新金融はこの「資産」と「流通」を共に実現(つまり、付加価値倍増)するために、真剣に考えているものである。

だから、金融の付加価値としては、非常に素晴らしいものなのだ。

新金融とは、そういうものだ。

「通貨」特性のものをブロックチェーンというデザインで実現するのは、とても苦労すると思う。

最終的には、その通貨特性を狙っていると思うが、そのエリアは課題が多い。

資産類の価値をデジタル化するだけだと、付加価値が弱いし、次にそれを流通させることで資産的な価値は上げられる。

だが、その価値が安定しないと流通の対象としては厳しい。

こういう課題を解決する、その一つの手段が「魔法」である。

ブロックチェーンは、誰が訳したか知らないが、「分散台帳」である。

正しい訳だと思うし、この部分は分散化している。

ただ、その処理においては基本的にシングルである。

ここが詰まるし、スケーラビリティの対応における悩みになる。

それを解決すると処理の分散になるが、そうなるとブロックチェーンのアルゴリズムではなく、分散技術の応用になる。

できるだけ簡単な表現を使っているのでSE用語は使わないようにしているが、この処理の差でブロックチェーンかその進化かの選択になる。

進化があるならそれを使えば良いとなるが、以前にも話したように、運用に問題が出てくる。

運用コストが比較にならないくらい上がるのだ。

この技術は低コストが魅力であるなら、悩みどころになる。

それならブロックチェーン自体をチューニングすれば良いとなるのだが、メジャーなものはオープンソースである。

そんなものを簡単にいじれない。

こういう細かい組み合わせが、沢山あるのだ。

使い方を間違えると、目的のサービスに影響がでる。

だからブロックチェーンは目的を決めて、どうしていくのかを考えるべきだと何度も説明してきた。

ブロックチェーンを普通に使うのであれば、分散した台帳という、そういう記録業務に準じたものに使っていくのは相性が良いし、そのようなものがブロックチェーン技術の基本として、実用化を目指しているものは多い。

このエリアは難易度が低い(つまり金融ではない)ので、レッドオーシャンになる。

金融外で使われるのが多くなるのも事実だと思う。

そして金融が関係しているものだけはハードルが相当高くなるのだ。

ブロックチェーンは記録処理が主体で優れているのだが、ブロックチェーンの特性で言われる小口化とか、処理速度とか、実は金融のレベルでは基本的に低スペックの評価なのだ。

小口化とか高速処理とか、そんなに甘いものではない。

絵に描いた餅の話をすると、運用まで考えると進化前の基本的なブロックチェーンをベースとして選択したいのだが、性能を上げるために大きな壁があり、その対策に相当苦労するだろうなぁということだろうか。

分散技術ではセキュア面での難題は別として、小口化と処理速度を共に実現することは難しい。

スケーラビリティの実現というのが、実装レベルで認識すべき最大の難関となる。

小口化と処理速度は相反する性能要件である。

このあたりまで対応したものが、本当の意味でフィンテックの主力技術になると考える。

まぁ、大変ですよ。

バブル期の投資の概念はマネーを借りても投資する価値があるもので、絶対に損しない概念を投資は意味していた。

投資対象の代表格は土地とかがそうで、銀行からお金を借りて土地を買って、土地が上がって利益になり、土地は下がることなくこのロジックが繰り返された。

そういうのが土地神話にもなって、それが投資の典型であったことを話した。

土地が普通に買えるなんて、それも外国人が買えるという国、特に先進国では日本くらいに思える。

バブル崩壊後は投資にはリスクがあるという話になっている。

同時に、投資家保護が出された。

損をするほうが圧倒的に多くなったからだ。

バブル崩壊後の金商法改正で、これら投資家保護が対応された。

法律も若干の変更はあったが、基本は昔のままである。

法律というものは大枠は簡単には変えられない。

新金融でも、日本で商売するのなら日本の法律に従う必要がある。

金融が世界標準になったとしても、それよりも基本的な法律があり、それだけは絶対に順守しなければならない。

そして、この事が日本で新金融を立ち上げるときの難関でもあり、実は海外から守ってくれるものにもなる。

大富豪の絶対的価値が重要であると説明したが、ヒトに共通するような基本的価値というのもある。

西本は、こういう基本的価値を付加価値と定義している。

付加価値は一般的に使えるものになるし、多くのヒトにとって分かりやすいものでもある。

つまり、本能的に理解できる話である。

ただ、その価値基準はプラスではあるのだがバラツキがある。

世界経済の理想は弱いインフレの継続である。

ハイパーとか言われる急激で大きいインフレだけは絶対に起こさないように、制御しなければならない。

西本が新金融になると、インフレに向かうと説明しているが、このインフレと、理想のインフレは違うものである。

新金融でのインフレは、望んで制御しているものではなくて、その副作用的なものであり、制御できないインフレであることを理解して対応すべきである。

参考までに、デフレを誘導するのは簡単だ。

税金を増やせばよい。

消費は落ちてデフレに入る。

消費を落とす方法など、山ほどある。

消費をつくる方法が難しい。

その新しい方法の一つにポイントがあり、それは西本流表現でセータ通貨と言っている。

「時間経過とともに価値が無くなる通貨」を意味していて、その価値が無くなる前に使う意思が出るので、無理やり消費となるからだ。

ただ、どうなのかな、もったいないけどポイントの多くは使わなくて償却されるものも多いと聞く。

特に高齢者がポイントをもっても、意識していない気がする。

それでもポイント還元は今の時代には正解である。

デフレとインフレは、教科書で勉強してきた内容と、現状では少し違うものになっていると思う。

今のインフレとは何なのか、どういうものなのかを、再考する時期に思える。

世の中の理想は、賃金インフレの生活品デフレである。

ただ、現状の日本は賃金デフレである。

経済状況を考えると、当たり前といえば当たり前である。

それでも不満が出ないのは、サービスレベルで満足度が高いからだろう。

色々と新しく楽しいサービスはどんどん増えている。

多くのヒト達から不満が出ないなら、それはデフレでもインフレでも良いのかもしれない。

極論をいうと、すでに多くの国民はデフレとかインフレとか言われても、ピンと来ていないというか、意識するものではないものにしたいはずだ。

不満とは幸福の逆であり、幸福とは幸せを感じることにある。

つまり、感覚的なものである。

楽しめているコンテンツも増えている。

その意味での幸福(満足)度は高いのだろうが、実は新金融というのは、こういうところに深く関係してくるのだ。

次は、資産を持っているヒトはどうなのだろうか。

さらには、その資産で生活しているヒトはどうなのだろうか。

多分、不満だと思う。

ただ人口割合からすると、少数派になる。

世界の超大富豪を見ても、ロスチャイルドはゴールドというか貴金属系で、ロックフェラーはエネルギー類を支配しているイメージがある。

つまりは貴金属やエネルギーというものが、絶対価値として超富豪間では共通認識があるわけだ。

富豪はマネーを持っているだけではなく、色んなものをもっていて絶対的である。

色んなものを持つというのは意味があって、価値というのが移動するものであるなら、何かに価値は変わっているわけである。

その全てを持っているなら、基本的に普遍の価値を所有していることになるからだ。

それが、基本となる大きな資産なのだと思う。

このあたりが、根本的に普通のヒトと違っているわけだ。

その富豪がその時点で認めるものが、基本的に一番の資産(価値あるもの)となる。

一般のヒトが同じことをできないので、そうなると常に価値が移動することに合わせて対応できるかという話である。

大富豪がビットコインに価値があるというと、ビットコインに価値が出てくる。

富豪でないヒト達が、ビットコインに価値をつけても、それは本当の価値ではない。

単なる自己満足である。