寒い、寒い、と言い続けてきたら、いつの間にやら季節が変わってしまった。この2、3日の気候はもはや夏のそれである。勿論気候の移り変わりに人為的な操作の入り込む余地などないから、全ては自然の織り成すところ、神の思し召しであることには間違いない。ただ、ここ数年春にしても秋にしても冬と夏との緩衝材的な役割を担わなくなってきたと感じるのは私だけではないだろう。いきなり夏、いきなり冬、というローテーションで「いい季節だなあ」と感じられる時期が随分短くなっていると思わざるを得ないのである。

 人によってはこうした季節の推移を歓迎する向きもあるだろう。竹を割ったような性格であれば、「ええいっ、熱いか寒いかどちらかにしろぃっ」

と思うだろうし、もっと現実的に衣替えが楽で、と考える人がいたって不思議ではない。ただ、古来日本人が愛でた四季折々の風物詩が気候変動の陰に隠れて消失してしまっては何とも悲しいことである。

 気候変動の要因などについて詳しくは知らぬ。はてまた、客観的なデータによれば、お門違いの可能性ということだってありうる。しかし、私がひそかに恐れるのはこうした季節感に人々が鈍磨し、日常の生活も両極端に振れてしまっていることに気づかなくなってゆくことである。白か黒かという見方の基準が必ずしも正解でない事に改めて気づくべきだろう。

 釈迦は修行に修行を重ねて「中庸」という真理にたどり着いた。曖昧さも決して悪いことではないのである。