F1のハンガリーGP予選で、フェラーリのマッサ選手に思わぬ災難・・・・。
前を走っていた車の部品が脱落して、それがマッサの頭部に直撃・・・!!
幸い、マッサは命を落とすことはなかったものの非常に危険な出来事だった。
これでマッサはしばらくレースに出られなくなってしまい、その代役として、あのミハエル・シューマッハが次回のスペイン・バレンシアGPに出場することになったのだ。
これはある意味、事件である。もう二度と見られないと思っていたミハエルの走りを見ることができるというのは、やっぱり嬉しいことだし楽しみである。
で、フェラーリはミハエルが今のF1に慣れるために、特例としてシーズン中に禁止されているテスト走行を認めるようにかけあったらしい。
それに対し、ウィリアムズが反対の意を表明したために今のところそれは実現していない。
苦肉の策として、フェラーリは以前の車にGP2のスリックタイヤを履かせて走行をさせたということのようだ。
(以前の車に他カテゴリーのタイヤなら開発テストには当てはまらないということだろう)
それに対してフェラーリはフェアプレー精神の欠如と非難しているようだが、僕から言わせていただければ、例外を認めてくれないからと相手を非難することのほうがフェアプレー精神が欠けていると感じる。
規則は規則だ。規則があるからこそスポーツは成り立つものだし例外はあってはならない。
もちろん、いくらミハエルがF1界にとって偉大な存在であったとしても、正式な競技に出場する以上は選手となるわけで規則の厳守は当然のこと。
その大原則を糞食らえと簡単に例外を認めさせようとし、反対されれば相手を非難するフェラーリの傲慢さは許されるべきではないと感じる。
さてさて、ハンガリーGPではポールポジションを久々に獲得したアロンソ選手が早々にリタイヤ。
1回目のピットストップでタイヤ交換をしたが、ホイールナットが締まり切っていないのにクルーがスタートを指示してしまった。
そんな状態で走れば当然すぐに緩んでしまってまともに走れずピットアウト直後からスロー走行。結局1周もたずにタイヤが外れてしまった。
この行為をF1主催者は危険行為とみなして、なんとルノーチームを次戦出場停止としてしまった。
今までもこういう出来事はあったと思うのだが、まさか出場停止処分になるとは驚きだ。
僕としては、この処分はあまりにも重過ぎると感じる。
もっとも、こんなに重い処分になってしまったのには一応理由がある。
まず、予選中に起きたマッサの事故。そしてもうひとつがF2というレースで死亡事故が起こったということだ。
マッサの事故は前に書いたとおりだが、F2の死亡事故とはどんなものだったのか説明しておく。
ちょうどハンガリーGPが゜行われる1週間前だろうか。世界ツーリングカー選手権(WTCC)の併催レースとして開催されているF2選手権というフォーミュラレースで事故が発生。それは単独での事故だったようだが、その車から事故の衝撃でホイールごとタイヤが車から外れコース上に転がってしまった。
運悪く、そのタイヤが後続を走っていた車のドライバーの頭部に当たってしまい、そのドライバーは意識を失ってクラッシュ、その選手は亡くなってしまった。
死亡原因がタイヤによるものなのかクラッシュによるものなのかはわからないが、おそらくは前者が原因たと思う。
とにかく、非常に危険な事例が2度も立て続けに起こった(しかもそのうちひとつは死亡事故)ということで、主催者側も相当過敏になっていたであろうことは想像できる。
もしかしたら94年、あのセナが逝った「サンマリノの悪夢」のこともあったかもしれない。
あのときも、金曜にバリチェロが大クラッシュを演じ、土曜日はラッチェンの死亡事故、そして日曜にセナが・・・、というように連鎖的に悪い出来事が続いた。
今回、なぜ主催者はルノーに出場停止という重い処分を課したのか。
おそらく、脱落する危険があったにも関わらずに走行を続けたことが理由だろう。
確かにそれはペナルティーを取るのに十分な理由ではあると思う。危険なのは間違いないからだ。
しかし、その一方で、今までもそのような危険は何度もあったことであるということも指摘したい。
そして、そのような出来事で過去に出場停止となったチームや選手などいないのだ。
今回のルノーの処分は、いってみれば『見せしめ』的な感じがする。
一部の間では、バジェットギャップに反対したブリアトーレ代表に対するFIAの報復処置だという声も聞かれるが、なるほど確かにそういうようにも受け取れる。
しかし、そのようなことをしていてはチーム側がFIAに不信感を募らせるだけではないだろうか。
前例がないのなら「この行為は危険なのでこれからやったら重大な罰を科しますよ」ということをすべての人に伝えることが必要だが、その方法は「見せしめ」でなくとも出来るはずだ。
とにかく、今のF1には理不尽なことがいっぱいである。