詩を読む秋 | さすらい人の徒然日記

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『リルケ詩抄』、『立原道造詩集』、『ハイネ詩集』、
『ゲーテ詩集』、『シュトルム詩集』。
今年の「読書の秋」は、詩に親しむ傾向が強いようです。

詩というものは、とても短く簡潔に表現されている文学作品であるため、
気を抜くと、言葉が意識の傍らを通り過ぎていってしまいます。
だから気持ちを集中させて、しっかり作品と対峙し、
そこに書き表された「世界」を受け止めなくてはいけません。



リルケの詩は難しい。
まるで謎かけに満ちたような言葉がこだましあっていて、
「これは何を書き表しているのだ?」と考え込まずにはいられない。
僕の頭では、意味不明な部分に翻弄されるばかりなのだけど、
でも、その謎めいた部分が心に引っ掛かって、
忘れがたい印象を刻みつけていく。

立原道造の詩は、リルケの影響を受けている部分が色濃くあったり、
とても優しく繊細なシンプルな詩があったりして、
それはまるで、パステルによって描かれた抽象画と風景画を
同時に鑑賞するような感覚を抱かせられる。
「あ、この詩、自分の精神に心地良く共鳴してる」という喜びを、
彼の詩は感じさせてくれる。

シュトルムの詩は、自分に一番近しい存在。
「これぞ抒情詩!」と言いたくなるような、
分かりやすくて美しい言葉の響き合いが見事に花咲いている。
彼が創造した数多くの恋愛詩を読む度に
「恋をしたら、自分もこんな感情を抱くのだろうか」と、
柄にもなく、感傷的な気分になる。

ゲーテの詩は、歌曲化されている作品が数多くあるので、
読んでいると、モーツァルトやシューベルトらの旋律が聞こえてくる。
有名な「魔王」では、激しい吹き荒れるピアノの嵐が襲い来るし、
「すみれ」では、モーツァルトが付け足した最後の二行が浮かんでくる。
だから原詩も読みたくなるのだけど、
詩集の原書を購入するのは容易ではなさそう。

ハイネの詩は、とっても刺激的な皮肉が隠されていて、
おもわずニヤリとさせられる。
恋から政治に至るまで、ありとあらゆる物事を冷徹な目で直視した
ハイネの意識が、言葉の全てに反映されている。
彼が、日本の現在の社会状況を眺めたら、どんな言葉を吐くだろう?
「有権者の投票行動が現在の状況を生んだだけさ」と言うのだろうか。