「蟹工船」 | さすらい人の徒然日記

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『ザ・多喜二 小林多喜二全一冊』(第三書館・刊)所収の
「蟹工船」を読了。


今、ワーキングプアの問題との関連で話題となっている「蟹工船」。
新潮文庫や岩波文庫の本が、かなり売れ行きを増しているらしい。
読んだことがなかったので、僕も興味を抱き、
小林多喜二の作品全49篇を収めたこの本を
図書館で借りて読んだ次第。


この本は、多喜二の作品が隅から隅まで収録されている。
巻末には年譜があるのみで、
多喜二の人物像や作品の成立事情についての解説文は一切ない。
それは、先入観なしに作品だけを読んで欲しいという
出版社の意図だろうか?


人間扱いされぬような過酷な労働を強いられ、
大切な賃金を上の人間たちに吸い上げられ、
貧困に苦しむ労働者たちの姿を描いた「蟹工船」は、
まさに、その日の生活費を稼ぐだけで手一杯な
派遣労働者たちの姿と重なって見える。
蟹工船の中で、労働者たちは、監督の横暴に耐えつつ、
ボロ切れのようになるまで懸命に働く。
しかしながら、彼らの稼ぎは、彼らのフトコロには入らず、
資本家のもうけとなるばかり…。
これはまさに、様々な口実で作って賃金からピンはねをし、
労働者を酷使する、現代の派遣労働の問題と同じだ。
資本主義社会に潜む欠点を浮き彫りにする作品である。


戦後の高度経済成長やバブル時代にはすっかり忘却されていた、
このプロレタリア文学の代表作が、現代において復活したのは、
富裕層と貧困層の分かれ目がはっきりと見える格差社会が
現実のものとして現れてきたからだろう。
いや、そもそも、一億総中流と呼ばれた繁栄すら、
大量の赤字国債の発行によって作られた
「虚栄」に過ぎぬのではないか?


格差社会を生み出したのは誰だろう? 
そして、どこに責任があるだろう?


政府・与党が、「規制緩和」の名の許に、
労働者よりも大企業に都合の良い法律を
次々と可決・成立させてきたのは、ひとつの事実である。
しかしながら、その法律を決める議員たちを
国会に送り出したのは、有権者たる国民である。
最終的な責任は国民の側に帰結するだろう。


年金問題も、医療費の問題も、格差社会の問題も、
ずっと前から分かっていたことだ。
しかし国民は、「誰が議員になっても同じ」と言って、
選挙の度に低い投票率を続けてきた。
国会にチェック機能を果たさせなかったのは国民の責任だ。


現状維持を選ぶか、変革を求めるか。
次の選挙において、どのように一票を投じるかにより、
日本という国の未来は決定される。


小林多喜二は1933年、特高警察に逮捕され、
すさまじい拷問を受けて殺害されている。
そして時代は、太平洋戦争へと向かっていった。
その繰り返しを許してはならない。