『美しき惑いの年』 | さすらい人の徒然日記

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カロッサの『美しき惑いの年』(手塚富雄・訳、岩波文庫)を読了。

これはハンス・カロッサ(1878~1956)が、
1897年10月から翌年夏までの大学生活を描いた
自伝小説(1941年出版)である。

フーゴー、ワルターという親友らと
詩人リヒャルト・デーメルの朗読会に行った話、
自称フランス人の女性アルディーンとの奇妙な交流、
知り合いの少女アマーリェへの思慕にも似た感情、
大学で口述試験を受けた時に化学式が分からず苦心した話、
若き女流詩人エレメンツ・マイヤーの家を訪ねるべく
数日をかけて徒歩旅行した話など、
様々なエピソードが、数多くの直喩・隠喩を織り込ませた、
詩的な洗練さの溢れる文体によって描かれている。

ただし、老年に至ってから若き日を回想して執筆した作品ゆえ、
その内容が全て真実であると考えるのは早計だろう。
40年以上も前の出来事を回想したにしては、
その文章は細部まで克明に描写されているので、
中には、記憶違いもあれば、
ひょっとしたら創作も幾分混じっているかもしれない。

「自伝」でも「小説」でもない、「自伝小説」。
すなわち、小説風に自伝を描くわけであるからして、
自らの生活を逐一列記していくわけではなく、
情報の取捨選択がそれ相応におこなわれる。
したがって、自らに不都合な情報が伏せられている可能性も
充分にありえるだろう。
ゲーテを敬愛してやまないカロッサは、
ゲーテ的な倫理観の持ち主であるからして、
性的な話題はほとんど出さない。
そちら方面に話が及びそうになると、
ほのめかし的な言い回しをする。
「なんでもかんでも赤裸々に描けばよいというものではない」
と考えている僕のような人間にとっては、
こうしたカロッサの慎み深い部分は非常に好ましく感じられた。
人によっては不満を抱くかもしれないけれども。

カロッサは、この作品に先立ち、
『幼年時代』『青春変転』といった、やはり自伝小説を書いている。
そちらの内容も気になるところだ。
彼はまた、詩人としても活躍しており、
日本語に訳された『カロッサ詩集』も数種類ある。
地元の図書館に、カロッサの作品を収めた本があるようなので、
今度、折を見て借りてみよう。