カラヤンとリヒャルト・シュトラウス | さすらい人の徒然日記

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ネット通販で注文していた
リヒャルト・シュトラウスのCD2枚が届きました。
カラヤン&ベルリン・フィルが70年代に録音したやつで、
1枚は、「ツァラトゥストラはかく語りき」、
「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」、「ドン・ファン」、
楽劇『サロメ』~7枚のヴェールの踊り、を収録しており、
もう1枚は、「死と変容」、「メタモルフォーゼン」、
「4つの最後の歌」(独唱:グンドゥラ・ヤノヴィッツ)を収録。

CDを聴きながら思いましたけど、
リヒャルトの音楽って、ホント、ド派手ですよねえ(笑)
大編成オーケストラの華麗なる色彩は魅力的だけど、
一歩間違えると、ただハッタリが目立つだけの
「空虚な大音響」に堕しかねない。
そうならぬよう音楽をまとめるのが、指揮者の腕の見せ所なわけで、
カラヤンは自己の音楽美学によって、
華麗なる色彩感を徹底的に磨き上げて聴かせてくれますね。
カラヤンとR・シュトラウスの相性は、やはり抜群に良いと思う。
そういや今年は、カラヤンの生誕100周年の記念年でしたっけ。

リヒャルトの交響詩は、
様々な文学作品に基づいて作られていますが、
「ツァラトゥストラはかく語りき」に、
ニーチェの著作の雰囲気がほとんど残ってないことからも分かるとおり、
「話半分」程度に受け止めるのが良いのかも(笑)
僕は、リヒャルトの交響詩の標題性には無頓着で、
「ドン・ファン」は、ソナタ形式の音楽だと思って聴いております。
まあ元々、僕の好みは、交響詩よりも、
「4つの最後の歌」、オーボエ協奏曲、
ピアノと管弦楽のためのブルレスケなど、
簡潔な表現に富んだ作品にあるので、
そういう意味で、僕はリヒャルト作品の良い聴き手ではないのかも。

ベートーヴェンの交響曲第3番『英雄』の第2楽章「葬送行進曲」が
モティーフとして使用されている「メタモルフォーゼン」は、
ベートーヴェンの音符を核とした細胞が無限増殖してくみたいな曲。
弦楽器のモゾモゾとした動きが面白い。

「4つの最後の歌」におけるヤノヴィッツの歌唱は、
子音の発音が少々不明瞭かもしれません。
でも、世評が高いシュヴァルツコップ盤は
その声質がどうしても馴染めないので、
購入に際してチョイスしませんでした。
そういや、この「4つの最後の歌」は、
ヘッセの詩3つと、アイヒェンドルフの詩1つによって成り立ってますね。
手持ちの『ヘッセ詩集』(高橋健二・訳、新潮文庫)には、
この曲で取り上げられている詩が3つとも載っていました。