民主党を中心とした政権へと交代した日本の政治。様々な混乱が生じても、絶望なんてしちゃいけない、そう思っていました。しかし、今回の「岡田幹事長がマニフェストの見通しの甘さを謝罪」という報に接し、敢えて、絶望を表明せざるを得ないということになりました。
この今日(7月21日)の謝罪を、額面通りに受け取るべきではないという意見もあると思います。特例公債法の成立をにらんだ、上辺だけの発言とも見る向きもあるでしょう。もしそうであるなら、尚更無責任な発言だと思うのです。有権者をここまで侮辱した、発言だと思うのです。あなた方政治家は、何のために政治家を志し、どういう思いで政治を動かそうとしているのでしょうか。その思いのかけらも感じられない発言だと私は感じています。
岡田幹事長は、記者会見の冒頭発言で「民主党のマニフェスト2009年の中で、実現できなかった政策がある理由として、政策の必要性、実現の見通しについて、検討が不十分なところがあった。大幅な政策の変更を行おうとしたことに伴う歳出の増加に対し、裏付けとなる歳入の増加となる補助金の見直しが進んでいない」という旨のことを述べています。そして、「今後は補助金の見直しを進めるとともに、復興対策とマニフェストの重要性を比較し検討することが必要」と述べています。
記者会見では中間的な報告と言うこともあってか、どこでどう見通しが甘くなったのか、今後どうしていくかということは全く具体的な話はありませんでした。ただ、マニフェストの見直しをするのであれば、復興対策をアリバイにするのではなく、理念・基本方針をもっと煮詰める作業と具体化がということが必要なのではないでしょうか。
というわけで理念・基本方針について見ておきたいと思います。民主党の2009年のマニフェストの冒頭部分で、どのような政治をしたいか、どのような社会を作りたいか述べています。
「国民の目線で考えたい」「横につながりあうきずなの社会をつくりたい」「居場所を見出すことのできる社会をつくりたい」「国民の生活が第一」という思いは、震災があろうとなかろうと政策をつくり、法律をつくるということの根っこにあるのだろうと思います。今後の政策の土台となるべき、理念・基本方針をどう考えているのか、ということが記者会見では全く語られていません。
その話を抜きに、見通しが甘かった、お詫びしますでは、話はすまないのではないでしょうか。子ども手当に関わる理念でいえば、「社会全体で、子育てする国にします」との宣言を、今はどのように考えているのか、説明すべきでしょう。所得制限をかけることは、財源の観点からはやむを得ないという意見は一理あるのですが、理念の具現化という観点からは、大幅な後退との意見もあります。
もし前者の観点に立って政策をつくるなら、後者の観点に立った指摘に対して、責任ある説明が必要なはずで、民主党の誠実さそのものが問われることになるでしょう。
奇しくも子どもの貧困問題が叫ばれる中で、高校の授業料無償化など、具体的な政策効果が見られた政策もあります。しかし、目玉政策でもある子ども手当をめぐる議論の迷走は、親御さんを中心に不安を与え、政治に対する不信感を増大させることにもなっています。自民も公明も建前上は、「社会全体で、子育てをする」という理念には反対していません。であればこの際、この理念をどう具現化するかという観点からも、幅広い、質の高い政策議論を進めるべきです。
どうも、民主・自民・公明の修正議論の行方をみると、お互いのメンツのぶつかりあいに、子ども手当が巻き込まれている、そんな印象を日に日に強く持ってしまいます。これだけの時間がありながら、何ら具体的な行動が行われていないからです。
もう1つ。国会の議論を見ていいて、非常に不可解なのはなぜ修正議論が民主・自民・公明の3党だけで行われているのかという点です。今日(21日)の会見について、22日に3党幹事長会談で説明するということのようですが、国会無視の単なるオジサンの駆け引きを見せられているようで、こういう点からも岡田幹事長の発言に対する誠実さを疑わざるを得ないのです。
少なくとも、国民1人1人が託した思いを民主党、自民党や公明党だけが担っているわけではありません。共産党、社民党、みんなの党などなど全ての政党、議員が個々に担っているのです。議席をある程度持っている政党だけで議論をすれば、国会運営上はラクなのでしょう。しかし、こうした少数政党抜きの「談合政治」は、大政党が小政党に託した有権者の一票を一方的に「無効票」とする行為であり、政治の在り方として適切ではありません。
こうした古い不誠実な政治手法を、政権交代後も駆使しているという姿は、やはり政権変わっても、何も変わらなかったのだなという思いを、私は強く持ちました。2009年の選挙にしても、2010年の選挙にしても、有権者は、国民に対していかに政治家があるいは政党が誠実であるかということをよく見ていたと思います。
私は、震災以降も平気でこうした不誠実な政治手法を3つの主要政党がとり続けることに、猛烈な違和感を覚えるとともに、日本の未来をつくる重要な土台の1つである政治に絶望を感じています。寄付税制の進展、NPO法の改正で「やればできる」という思いをほんの少し持っていましたが、今日の政権与党・民主党幹事長の無責任な発言で、その思いはなくなりました。
今政治の世界では、菅総理やめろの声が根強くあるようですが、政治家1人1人が総理を責める前に、自らの主張と行動を振り返り、日本の未来と今の現状をどう考え行動するかということを語り、動き出すべきです。総理が1人辞めても、日本の政治は変わらないでしょう。日本の社会を本気で変える・支える役目を担おうというなら、政治家1人1人の意識と行動を変えることを積み上げていくべきです。
しかし、今の政治家や政治にはそれを期待するのは、無意味なのでしょう。
