<創世記49:8>

ユダよ。兄弟たちはあなたをたたえ、あなたの手は敵のうなじの上にあり、あなたの父の子らはあなたを伏し拝む。

 

<エゼキエル 37:15〜28>

<ヨハネ 16:25〜33>

 

 

今回は「ユダに与えられた祝福」について記していこうと思います。

 

 

さて、各々に与えられた祝福の言葉のうち、メシアの雛形として示されているユダについて説明させて頂きたいと思います。

 

創世記49:8〜12の内容は、メシアに関わる重要なところで、詳しく説明するとしたら相当の内容になると思うので、ここでは出来るだけ簡単に要点だけを絞って説明す ることにします。

 

 

<創世記48:8〜12>

8 ユダよ。兄弟たちはあなたをたたえ、あなたの手は敵のうなじの上にあり、あなたの父の子らはあなたを伏し拝む。

ユダは獅子の子。わが子よ。あなたは獲物によって成長する。雄獅子のように、また雌獅子のように、彼はうずくまり、身を伏せる。だれがこれを起こすことができようか。

10 王権はユダを離れず、統治者の杖はその足の間を離れることはない。ついにはシロが来て、国々の民は彼に従う。

11 彼はそのろばをぶどうの木につなぎ、その雌ろばの子を、良いぶどうの木につなぐ。彼はその着物を、ぶどう酒で洗い、その衣をぶどうの血で洗う。

12 その目はぶどう酒によって曇り、その歯は乳によって白い。

(新改訳)

 

 

ヤコブはヨセフに、土地の2倍に当たる祝福を与えたが、創世記49:8に記されている のは明らかに長子の権利を示すものです。

 

興味深いことは、本文の中で「獅子」という表現に、「雄」と「雌」の両面性をあらわしているところです。そして、「獅子の子」ということについては、ラビたちは、獅子のように強く勇敢である、特に子というのは若いということなので、力強いと言う意味をもつと説明しています。

 

また、ユダという名前は、ヘブル語で「יְהוּךָה(イェフダー)」と言いますが、「יָךָה(ヤダー)」という言葉に由来します。この言葉は、「投げる」という意味と共に、「主張する、告白する、感謝する、賛美する」という意味を持っています。

 

 

ところで、古代イスラエルの戦いを見ると、賛美と共に戦場に出かけています(ヨシュア6章)。幕屋を中心に移動する際に先頭に立ったのは、ユダ部族です(民数記10:14)。

 

 

 

次に創世記49:10の

 

「王権はユダを離れず、統治者の杖はその足の間を離れることはない」ついにはシロが来て、国々の民は彼に従う。

 

ということは、 イスラエルの支配者で王はユダ部族から出てくることと共に、その王権が続くということです。

 

ここまでは理解するに難しいことはありません。しかし、この次に記されているところについては、もっと調べて見たいと思います。

 

 

まず「シロ」というのは、何を意味するのでしょうか?

 

ヘブル語では「שִׁילׂה(シロー)」と言い、「安全(平和)である、保障される」という 意味を持つ「שָׁלָה(サラー)」から由来する言葉で、「平安、安息、平和の仲裁者」と言う

意味を持ちます。ということで、この言葉はメシアの意味を持っています。

 

 

この言葉の特別な意味については、ラビたちの意見は統一されていません。しかし、 メシアを意味するということには、ほとんどが一致しています。

 

タルグームには、「シロ」 のところを「王、メシア」と記しています。また、ギリシャ語聖書のLXX(七十人訳聖書)も、メシアを意味する言葉として訳しています。さらに、タルムドとユダヤ教の聖典の注釈書であるミドラシにも、「シロ」をメシアを示す言葉として理解しています。

 

また、クムランで発見された死海写本にも、このところをメシアと理解しているのです。現代のユダヤ教の神学者たちも、「シロ」とは、メシアを意味すると理解しており、この部分は「ついにはメシアが来て、国々の民は彼に従う」 に訳すことが出来流のです。

 

 

<創世記49:11〜12> 

11 彼はそのろばをぶどうの木につなぎ、その雌ろばの子を、良いぶどうの木につなぐ。彼はその着物を、ぶどう酒で洗い、その衣をぶどうの血で洗う。

12 その目はぶどう酒によって曇り、その歯は乳によって白い。

 

 

Hirschによると創49:11~12の「ロバ」とは、荷物を運ぶ動物で、平和、幸福、国の富を象徴すると説明しています。タルグームでは、ブドウ酒を血に例えています。そして、メシアの 勝利と敵が流す血を意味することとして理解しています。

 

また、白い歯とは、畑の穀物と家畜の小屋であると理解しています。したがって、このところは、メシアによる戦争の勝利とそれを祝うこと、さらに、メシアによる平和を示すこととして理解できます。

 

 

 

メシアニック的な内容

 

ここでこのメシアニック内容を、いくつのことでまとめることにしたいと思います。

 

まず、メシアがユダの系図から来られることと、そのメシアは離れることがないということです。この預言的祝福は、ダビデの時代にも確認されています。それは、ダビデとの契約です。

 

 

<2サムエル7:16>

あなたの家とあなたの王国とは、わたしの前にとこしえまでも続き、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。(新改訳)

 

 

と、記されているところです。

 

つまり、イスラエルの合法的王は、ユダからはじめ、ダビデの系図から来られるということです。

 

 

というわけ で、マタイの福音書1章はイスラエルの合法的王として、メシア・イェシュアを説明するために、アブラハムからダビデに繋がるメシアの系図を説明しているのです。もちろんイェシュアは、この預言通りにアブラハムの子孫、ダビデの子孫として来られたイスラエルのメシアであるし、合法的王です。しかし、イェシュアが来られても、まだこの預言は成就されているわけではありません。

 

なぜなら、まだイスラエルの民はイェシュアをメシアとして、そして王として受け入れていないからです。すなわち、ヨハネが

 

 

<ヨハネの福音書1:11>

この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。(新改訳)

 

と、記しているとおりです。

 

 

 

ところで、この本文と2サムエル7章のダビデとの契約を結びつけて考えると、 イスラエルの王は、ユダの系図、すなわちダビデの系図から来られるべきです。それから、散らされたイスラエルの民を取り戻し、彼らの王として治められる。ということで、この預言は、必ず成就されるべきでしょう。しかし、それはイェシュアの再臨のときであることは聖書全体で示していることです。

 

今回の預言の書であるエゼキエル37章もメシアの再臨を預言するところです。

 

 

 

次回は「ヨセフに与えられた祝福」という内容で記していきたいと思います。

 

 

 

 

主イエスキリストの御名があがめられますように。

主イエスを信じる兄弟姉妹に平安とがありますように。

トーラーの大切さに気がつく人たちが多く出ますように。

イスラエルが救われますように。

主イエスキリストの御名で祈ります。

 

Amen✨

 

 

©Shalom Messianic Ekklesia

by Yehoshua Jo