相変わらずご無沙汰しています、itsumonoteです。

あっという間に2月も半ば。
年が明けたと思ったら!

と、来月も言っていそうで怖いです。。。


先週末は、久しぶりに静岡へ。
双子の妹の弔い上げをしてきました。


これまで妹の法事なんてしたことなかったのに、
(亡くなった当時1歳半だった妹の死については我が家では禁断領域で、兄・弟は命日すら覚えていませんでした。)
一昨年に父が亡くなり兄がお墓を継いでから、
兄は「施主」だとか「家長」だとかを重んじているのか、

はたまた使命感に燃えているのか、
やたら檀家行事に参加したり、法事を催すようになりまして。


しかし施主は兄だけど、お布施その他資金は兄弟3人で割り勘です。
法事のたびに掛かる交通費+原価の分からんサービス料+供物類にうんざりしてきた私は、
「もう両親の法事だけでいいんじゃないの?」とか思ってしまうのですが、

たぶん兄としては兄弟や親戚が集まるきっかけにしたいと考えているところもあるかと思い、
出来るだけ参加するようにしています。
かわいい姪2人にも会いたいし。


ところが。


兄弟で和気藹々、とだけでは済まされないのが法事。
田舎の法事といえば、良く言えば古き良き慣習、悪く言えば固定観念の塊、の集合場所です。
そんな八つ墓村に、


女、独身、三十路、東京で一人暮らし


とキーワードが揃うともう、格好の攻撃対象なんですよね。

いや、中には心から心配してくださっている方もいることは、重々承知しています。
何だかんだいっても、現代は男社会です。どんなに頑張って働いていても、
女性ゆえに冷たい風に晒されることは多々あります。
正社員とはいえ、この先どうなるかも分かりません。
それでも幸いなことに職があり、懸命に働いて、税金払って、社会の一員であらんと努力しているわけです。


でもね・・・・
やっぱり、「女のくせに結婚もせずに子供も生んでいない」と責められるのです。
特に今回の坊さんはひどかったな~

いつもお経を上げる前に説法タイムがあるのですが、
そのとき、名指して私を非難し始めまして。

「女の使命は何だか言ってみろ!」とおっしゃるので、
それまでの話の流れから「子孫を残すことでしょうか?」と言うと、
「そうだ、お前は与えられた使命を果たしていない!」とか、
「嫁に行かない人間は、死んでも墓に入れん」とか、
まあ言いたい放題です。


兄嫁にも姪二人を目の前に「男を産め!」とかのたまうし。
だんだんヒートアップして、
「女は女優たれ!妻であり、母であり・・・」とかどこかで聞いたようなことまで喋りだして、
つい上の空で聞いていたら「話を聞け~」と怒鳴られるし。
結局、オチのつかなくなったところで終了。
お経の時間に入りました・・・。
この坊さん、過去に女性にこっぴどく振られたとか、
お嫁さんに虐げられているとか、何か恨みでもあるのかな^^;


こういう時は反発しても時間の無駄だから、
表面上ははいはいと素直に聞いていましたが、
内心は「だから嫌なんだよ法事って」と思ってしまいました。


「女の使命」
言いたいことは、理解できます。
出生率を嘆く理由も、常識的には分かります。


でもさあ・・・・、

産み時の人間が産んでないことで、
”出生率の低下の要因”と責められるいわれは無いんじゃないの?
その分働くなり内助の功を示すなりして社会に貢献しているわけだし。
だいたい命は授かり物でしょう?
産み時と思っても産めるわけでなし、
そろそろ寿命と思っても、寿命がくるわけでなし。

なぜ産まない(産めない)女性ばかりが責められなければならないのか・・・。


さらに言わせてもらえば、今の未婚率の高さ、出生率の低さって、
家事育児介護の重労働を軽視してきたゆえではないかと思う。
それを長年担ってきた昭和の専業主婦から発せられる「子供のいない女は・・・」の台詞の中には、
報われない思いを抱えてきた女の情念というか怨み節が感じられて、
はっきりいって怖い。
「すごく良い人生だった!ぜひお勧めしたい!」という言葉より、
「私はこんなに苦労した!その苦労をしないなんて・・・!」
という言葉の方が多いもの。
これでは逆効果だと思うのだけれどなあ。。。


・・・・すみません、つい興奮&愚痴ってしまいました。

ずらずら書きましたが、
私自身は結婚したいし子どもも産みたいです。^^;

でも未婚・既婚、子有り・無しを批評される慣習の世界には、
やはりうんざりしてしまうのです。

そんな週末でした。