緊迫していた


複数の郷士と龍馬さんが、じりっじりっと間合いを詰め寄る


邪魔にならないように逃げなきゃ…!


そう思っていても、足がすくんでしまって動けない



立ちすくんだ私の視界が影で覆われる


「こん娘には、指一本触れさせん」


大きな背中が、私の前に立ちはだかる


『…龍…才谷さん!』


「ちくっと目をつむっちょれ」



金属音が響く


刀と刀がぶつかり合う中に、時折混じる違う音


…斬れているんだと思う


どうかそれが龍馬さんでないことを願いながら、この場が早く終わることをだけを祈る



相討ちのような形になったのか


相手の攻撃が緩んだ隙を見て、私たちは窓から外へ逃げ出した


…龍馬さんも、怪我を負っていた


支える身体から血が流れ、一生懸命止血しながら、少しでも離れた場所へ向かう


人気のないところで、最低限の応急処置を施す


傷はたくさんあったのだけど、致命傷になるようなものはなくて、思わず安堵のため息を漏らす


ありがとう、と私にお礼を言った龍馬さんは、いつものように私の頭をぽんぽんっとし、


「おまんを守らにゃならんというだけで、不思議と力が湧いてくるぜよ」


と、お日さまのような笑顔を見せた


そして、少し真面目な表情になり、


「最初は、わしの命に代えても、と思っちょった


けんど、わしが死んだら、おまんが悲しむ


わしは、おまんを泣かすようなことだけはしちゅうない」



斬られた傷が障るのか、顔を少しゆがめながら、龍馬さんはまたいつもの笑顔を見せた


「そんな顔をしな わしは生きちょる

わしがここで死なんかったということは、おまんの言う“歴史”どおりにはならんかったということだのう」


…そう、龍馬さんは、この近江屋で命を落とすことになっていた


それでも、今、こうして生きている


私は…歴史を変えてしまったのだろうか


けれど、それよりも今、龍馬さんが生きて笑っていてくれることの方が嬉しかった



『龍馬さんが生きていて、本当によかった…!』



胸がいっぱいで、涙が溢れる


龍馬さんは、そんな私の涙を優しく拭い、


「おまんと一緒に、この国の夜明けを見るまでは、この命の灯、消すわけにはいかんのう」


そう言って私をぎゅっと抱きしめた


『りょ…龍馬さん、怪我が…!』


「これくらい何ともないぜよ それよりも今はおまんを抱きしめたくてかなわん」


その言葉に頷き、私も彼の傷に障らないように、そっと彼の身体に手を回した


ふわっと、彼の匂いに包まれる


トクントクンと、テンポよく刻まれる鼓動に耳を澄ませ、彼が生きていることを実感し、また涙が出そうになった



曲がりくねった道の先に見つけたものは、私のために…自分のために…そして、この国の未来のために繋いでくれた、消えない命の光


この時代に来てしまった“私”という存在が生み出した、小さな小さな抵抗は、ほんの少し…いや、もしかしたらとても大きく歴史を変えてしまったのかもしれない


そして、命がある以上、それを狙われる立場というのは変わらないのかもしれない


それでも私はこれからも愛しいこの人の傍らで、彼の命の光が輝き続けるのを見届けていく


彼の、そして私の命が輝いている限り…




―曲がりくねった道の先に~WINDING ROAD~【坂本龍馬】・完―

花花エンド 花