いけない…!


いくら龍馬さんが強いと言っても、あんなに大勢の人が相手では勝ち目もない


辺りを見回し、私はふと目に付いた物を手に取った



数人の郷士が、まさに龍馬さんに斬りかかろうとしたその時…


『えいっ!!!』


ガシャーンという音と共に、数人の郷士たちの悲鳴が聞こえる


「あああああ!熱っちぃ!!」


そう、私が投げたのは、龍馬さんと食べるつもりだった軍鶏鍋だった


できたてだったそれは、熱々の湯気を立てて郷士たちの着物にまとわりつく



『早く!今のうちです!!』


あっけに取られた龍馬さんの手を取り、窓へと促す


我に返った彼は、小さく、あぁ、と頷いて、私の手を引き窓から逃げる


郷士たちが気づいて追いかけてくる前に、とにかく遠くへ…




走って走って…どれくらい離れただろうか


人気のない静かな場所で足を緩め、呼吸を落ち着かせる


深呼吸しながらお互いの目が合い…


ぷっ…


「ははははははは」


龍馬さんが大きな口を開けて笑い出した


『りょ…龍馬さん!しーっ!』


慌てて彼の口を塞いで、声をくぐもらせる


もしかしたら、誰が聞いているかわからないから


そうじゃった、と言いながらも、まだ声を殺して笑う龍馬さんに、


『何がおかしいんですか! 本当に危ないところだったのに…』


少し怒った口調でいう私の頭を、龍馬さんはいつものようにぽんぽんっとする


「許しとおせ」


くっくっと笑いながらも、優しくこう続けた


「まさかおまんがあそこで鍋をぶっかけるとは思わんかったきね


わしがびっくりして、動けんようになってしまっちゅう」


そう言われて改めて、自分のやった行動に自分で驚き、そして少し恥ずかしくなった


『とにかく私は、あなたと少しでも長く一緒にいたくて…


あなたを死なせるわけにはいかないと思って、それで…』


ここまであったいろんな不安が、堪えてきた涙となって流れる


龍馬さんは慌てて私の涙を拭き、すまんかった、と優しく頬を撫でた

「そうじゃ このまま逃げてしまうのもいいやき」


そう言って再び私の手を取った龍馬さんは、そうじゃのう、と、何やらブツブツと独り言を言い出した


「よし、これから薩摩にでも行くぜよ!」


同盟を結んだその地には、湧き出る温泉がたくさんあるという…


「そこまでは追っ手もなかなか来れんじゃろ


おまんとのんびり湯につかるのもええ」


なんかそれって…


『ハ…ハネムーンみたいだったりして…』


「はねむーん、とは何じゃ?」


小さな声で呟いたその言葉は、どうやら彼の耳に届いてしまったようだった


新しいものが好きな彼の興味を引くには十分だったその言葉の意味を、おずおずと教える


『あ、あの、えっと…これはですね、新婚旅行のことで…


結婚…祝言を挙げた二人が行く旅のことです』


あ、でもこの新婚旅行って、日本人で初めてしたのは龍馬さんだったと、何かで見たことがあったかも…


けれど龍馬さんは、この“はねむーん”に、甚く興味を持ったようだった


「じゃあおまんとわしは、夫婦(めおと)ということやき」


私の両手を取り、優しい瞳が私を覗き込んだ


「でも、その前に言うべきことは言わにゃならんな」


ひと呼吸置いたのち、私の耳に届いた言葉は…


「○○、わしと本当の夫婦になってくれんかの?」


目元をほんのり赤らめた龍馬さんが、静かな静かな穏やかな声で私に告げた


私の答えは、もちろん決まっていた


『はい…!私を龍馬さんの奥さんにしてください』


いい終わるが早いか、龍馬さんはお日さまのような笑顔を満開にして、私を抱きしめた


「まっこと嬉しいぜよ!!!」





曲がりくねった道の先に見つけたのは、私たちの未来を輝かす希望の光


まだまだ“楽しい逃避行”の途中の私たちは、また新たな旅に出る


新しい日本を見るために


ふたりの未来を繋ぐために…





―曲がりくねった道の先に~WINDING ROAD~【坂本龍馬】・完―


moon*月エンドmoon*