――しまった!
思ったときには体勢を崩し、それを立て直したほんの一瞬…
さっき○○の腕を掴んでいた男が、アイツのところへ向かっていた
『きゃっ…』
小さな悲鳴が届く
その瞬間、
ピカッ…
轟いていた雷鳴の中から稲妻が光った
一閃…
俺の刀は、その稲妻の如く空を走り、相手を仕留める
血しぶきが上がる
うめき声を上げながら、倒れ、動かなくなる男…
ちら、と○○を見る
幸い顔を手で覆っていたようだ
見ずに済んだか…
この勢いで、残りの男たちも片付ける
激しさを増す雨に混じって、血の雨が降る
翻る浅葱の羽織が次第に赤黒く染まっていく
そして激しい雨音と雷鳴が、斬り刺す音とうめき声を消し
勝負はあっという間についた
血に濡れた刀を拭い、鞘に納める
雨はまだ止む気配はない
降り続く雨と雷鳴の中、アイツの方へ足を向けようとして…
…だめだ
返り血を浴びた姿を、アイツに見せるわけにはいかない
血に染まった手で、アイツを抱きしめるわけにはいかない
背を向けたまま、声だけをかける
「…無事か?」
雨音で消えそうな声で、○○が返事をする
『はい、大丈夫です』
無事を確認し、安堵のため息が漏れる
『土方さん…』
「なんだ」
『どうしてこっちを向いてくれないんですか?』
向けるわけがないだろう
お前にこの姿を見せるわけにはいかない
「俺はたった今、人を殺めた
血に染まったような鬼を、お前みたいなやつが見るもんじゃねぇ」
この惨事を何とか目にしないよう、コイツをここから離れさせようと考えていた時…
ふわっ…
背中に温もりを感じた
胸に回された白くて細い腕…
「…離せ」
『離しませんよ』
そう言って体を添わせる○○
「着物が汚れる それに…」
こんな手で抱きしめるわけにはいかねえんだよ
『私は汚れませんよ
土方さんが汚れてないんですもの』
思わぬ言葉に、思わず振り返る
『私を庇って、助けてくれた土方さんの体が…手が、汚れているはずありません
今だってほら…雨が全てを流してくれていますよ』
しっかり染み付いた返り血など、この雨ごときで落ちるはずがない
それどころか、コイツの袖に赤黒い痕をつけていく
それなのに…
「お前、わかってるのか 俺が今何をしたのか」
ふっと笑った○○が、俺に回した手に力を込める
『わかってますよ 私を助けてくれたんです それに…』
『逢魔時に現れる“鬼”は、こんなにも優しい鬼でした』
―――――――
もう、どうでもよかった
すぐさま向き直り、○○をきつく抱きしめる
返り血がついた羽織のままで
血に染まった手で…
「○○…お前が無事でよかった」
『はい、土方さんのおかげです…』
雨粒に混じって、コイツの頬に一筋の涙がつたう
俺の指は、自然とその涙を拭っていた
この雨に誓おう
これからはどんなことがあっても、俺がコイツを守ると
俺の全てを見て、受け入れてくれたコイツを…
「これからも俺が守る だから…」
きつく抱きしめ直し、耳元で伝える
「どんなことがあっても、俺の傍に居ろ」
大粒の涙をポロポロこぼしながら、○○は小さく、はい、と頷いた
その涙は、やがて俺の羽織に吸い込まれる
まるで、全てを浄化するように…
この先のコイツは、新撰組の“鬼”の一番の弱味にして
俺を最も“鬼”にしていく存在になるかもしれない
同志と“誠”を貫くために
そしてコイツを守るために
俺はこれからも“鬼”であり続ける
―君守る逢魔時【土方歳三】~後編~・完―