「今頃、秋斉怒ってるかな」
彼女の手を引きながら、ふっと笑いを漏らす
―今夜は○○を少し借りるよ――
そんな手紙を残し、彼女を外へ連れ出した
『慶喜さん、一体どこまで行くんですか?』
「いいから もうすぐ着くよ」
寝静まった街を通り抜け、辿り着いたところは静かな川の土手
ここで彼女に見せたい…
いや、彼女と一緒に見たいものがあった
「ほら、見てごらん」
天を仰ぐ○○が、思わず感嘆の声を漏らす
『うわぁ…なんてキレイな天の川…』
そう
ここは、天気がよければ満天の星空を見るにはこの上ない場所だ
「ふふふ、気に入ったかい?」
『はい!』
興奮気味に返事しながら微笑む○○に、思わず自分の顔がほころぶのがわかる
ほっておくと、そのまま延々と夜空を眺めていそうな彼女を見て、自分の羽織りを脱ぎ、地面に広げる
「ほら、そのままでは首が辛いだろう ここに寝転がるといい」
少し驚いた表情を見せた彼女が、
『そんな!だめですよ、慶喜さんの着物が汚れてしまいます』
「いいんだよ、俺のは それよりもお前を地面に座らせるわけにはいかないからね 綺麗な着物も台無しになってしまうだろ?」
こういう物言いをすれば、○○は抗えないことを俺は知っている
コクン、と頷いた彼女は、ストンと羽織りの上に腰を下ろし、そのまま寝そべった
俺も隣りに寝そべる
仰いだ天には、無数の星々が舞っている
それが織り成す川の中に、時折、細い細い流線型を描いてスーッと流れる星
それに手を合わせる彼女
「…何をしているんだい?」
『流れ星にお願い事をすると、願いが叶うって言われてるんです』
星が消えるまでのほんの一瞬の間に、それに祈りを捧げるのか
なんとも刹那で、なんとも儚いものか
そして○○は、この星に何を祈っているのか…
「○○の願い事とは何だい?」
はっと口ごもる○○
なにか少し誤魔化しながら、
『あの…お願い事は言っちゃだめなんです
話したら叶わなくなるんです…』
当ててみようか?お前の願いを
―――二人がいつまでも一緒に居られますように―――
そんな事を言おうとして飲み込んだ
願いが叶う叶わないの前に、俺の驕りかもしれないから…
気を抜くと、落ちてしまいそうな夜空に願う
どうか彼女とともに居られるように
どこから来たかもわからないこの娘を、この空が吸い込んでしまわぬように
俺の心に深く深く入りこんだ彼女が、いつも俺の傍らで微笑んでくれるように…
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空と足元に流れるふたつの川の狭間で、流れ星に願いを託す
―――どうか彼といつまでも一緒に居られますように―――
天の川にかかる無数の星たちのどれかひとつは、私の願いを聞いてくれるだろうか
そんなことを思いながら胸の上で手を組む
「何をしているんだい?」
不意に上から覗き込まれてドキッとする。
『流れ星にお願い事を…』
どんな願いを、と聞かれ、思わず口ごもる
私の独りよがりかもしれない願いを、彼に聞かれるわけにはいかない
少なくとも、今はまだ…
『あの、お願い事は人に言っちゃだめなんです…』
本当のことだけど、信じてもらえるかな
そんな私の言葉に慶喜さんは、そうか、と一言言って、もう一度寝そべった
再び二人で夜空を仰ぐ
「俺も願い事してみようかな」
そう言った彼の手が、私の手を優しく繋ぐ
――何をお願いするんですか…?
そう言いかけて飲み込んだ
繋がれた手に期待してしまっても、まだ聞いてはいけない気がした
慶喜さん…
あなたの願いは私と同じですか?
繋いだ手に問いかける
想いが伝わったかのように、彼の熱い手に力がこもった
天を流れる星々の川に願う
どうかこの想いを流さないで
無数の星屑が夜空に流れ行く中で、私たちの願いを留めていてください
めまぐるしく移りゆく時の中で、私たちを流さないでください
空に吸い込まれないように、互いの手を強く強く繋ぐ
天を流れる川が二人を引き離すことがないよう、強く、強く…
―amanogawa【徳川慶喜】・完―