『止んで…ないな』


仕事を終えて、会社のエントランスでため息が漏れる


毎日のように降り続く雨


梅雨時期だから仕方ないけど、1日中降っているとさすがに気が滅入ってくる



ザァザァと降る雨の中へ踏み出す


お気に入りのパンプスも、おろしたてのスーツもしっとり雨を含み、


仕事のストレスも手伝って、足取りが重い


“彼”とも、お互いの仕事がすれ違っていてもう随分会っていない




今度は深い深いため息をつき、足元を気にして俯きながら、足を急がせる


正面に人の気配を感じ、避けようと視線をあげたその時…



「よう」



そこに立っていた長身の男性


見慣れたその立ち姿の人は、私の愛しい人だった


『晋作さん…?どうしてここに?』


平日なのに普段着姿で傘を差している彼を見て、驚きのあまり言葉が続かない


「今日は午前中出張で、そのまま直帰だった


それでちょっと出てきてみた 時間を持て余していたんでな」


片方の口角だけをグッと上げた彼独特の笑みに、思わず見蕩れる


「行くぞ このまま突っ立ってたら二人で風邪引く」


切れ長の目で促され、再び歩き出した




傘を差す彼の、3歩ほど後ろをついて歩く


お互いが差す傘が作る距離がとても遠い


パタパタと傘を弾く雨の音しか聞こえない



でもなんでこんな雨の中を?


いくら時間を持て余してるからって…



もしかして…


迎えに来てくれたのかな?



自分で思って、思わず赤面する


ねぇ、晋作さん


そうだって、自惚れていいかな?


背筋よく、きれいに歩く彼の背中に問いかける


『あんなふうに言っちゃって…』


くすっという笑いとともに、心の呟きが思わず声に出る



あっ!と思ったときには、晋作さんが立ち止まり、こちらを振り返っていた


どうやらこの雨は私の声を遮ってくれず、彼の耳に届いてしまったらしい


「今のはどういう意味だ?」


目を鋭く細め、軽く私を見下ろした晋作さんが微笑を浮かべる




「いい度胸だな よし、傘を閉じろ」


『え?だってまだ雨が…』


「いいから閉じろ」


言われるままに傘をすぼめると同時に、ぐいっと肩を抱かれた


『・・・っ!?晋作さんっ!?』


「小雨になったから、傘は1本でいいだろう」


大きめな彼の傘に入り、寄り添う形になる


少し遠く感じていた彼の顔が突然こんなに近くなって、顔が熱くなる


「ふっ、いい顔してるな」


切れ長の目を細め、私を軽く見下ろし、


「だがな、その顔は俺の前だけにしろよ」


顔が真っ赤になって、もう何も言えない




さらさらと降る小雨の中、ひとつの傘に寄り添う二人


互いの息遣いが感じられる距離に少し戸惑いながらも、居心地の良さを確認する



「お前、今日俺の家に寄れるか?」


思わぬ言葉に、驚いて彼を凝視してしまう


「なんで俺がこうして迎えに来たか分かってるだろ?」


そう言って、肩に置いていた手を腰に下ろされ、互いの唇が触れそうな距離になる



―――やっぱり迎えに来てくれたんだ



喉まで出かかった言葉を飲み込んだ


いや、彼の視線に負けて、言葉にできなかった


真っ赤になった私は、ひとつコクンと頷いて、彼の肩に頬を摺り寄せた



どんよりしていた私の心に、一筋の光が差し込む


雨に濡れて重くなったスーツもパンプスも、もう気にならない



今はまだ、彼の家に“行く”私


いつか、彼と同じ場所へ“帰る”私になることを願いながら、彼の隣りを歩く



雨は間もなく止もうとしていた


どうか、彼の家に着くまでは、この雨が止みませんように…





―完―




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前回に引き続き、ちょっとテイストを変えた“優しい時間”シリーズです

(^O^)/


お友達で素敵絵師様のゆっちそっちさんが、素敵なネタを提供してくださいました♪


雨の中、迎えに来てくれた高杉さんのステキイラストから、お話を1本書かせていただいた次第です


ちょっと優しくしすぎたかな(汗)


強引さに欠けるかな(汗)


らしさ、を消してなければいいですが…(;^_^A