はじめに

このお話は、某所に投稿したものなのですが

いくつかあった季節のお題の中から、
“ジューンブライド”
を選ばせていただき、書きました



もしよかったらお目を通してください(^-^)


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





朝からしとしとと雨が降る

生憎の天気や

今日は○○はんの身請けやというのに…



天気の悪い日が続くこの季節に、○○はんは自ら婚礼の日取りをここに決めた

何でも○○はんの故郷では、この時期の花嫁は幸せになれるという言われがあるらしい

相変わらず風変わりな風習がある故郷や

止めはしたものの、○○はんは決して意志を曲げなかった




そろそろ支度が整った頃か

まもなくわての部屋にやってくるだろう

真っ白な花嫁衣裳に身を包んだ○○はんが・・・



『秋斉さん、失礼します』

鼓動がひとつ、大きく打つ

「…入りよし」

スッと開けられた襖の向こうに、真っ白な花嫁衣裳に身を包んだ○○はんが立っていた

思わず目を見張り、息を飲む

きっと衣裳や化粧のせいじゃない

かわいらしい少女が、いつの間にかこんなに大人びた女性になった




「きれいやで、○○はん」

『ありがとうございます…』

少し照れたように俯く○○はん

本当に綺麗になった

そんなに綺麗になったんは、あの旦那さんのおかげなんやな



「これならどこに出しても恥ずかしくありまへんな」

できることなら、どこにも出したくない

「さぁ、旦那はんが待ってはるで」

行かないでくれ わてのそばに…



出かかった手を、僅かに残る理性で制止する

それでも目は離せなかった

まもなく彼女を手放すのかと思ったら、抑えていた自分の感情が表に出てきそうになる

その度に、自分は楼主やと、何度も何度も己に言い聞かす




『秋斉さん…』

○○はんの目から、大粒の涙がこぼれ落ちた

『今日まで本当に…ありがとうございました』

三つ指をつき、わてに深々と頭を下げる



「旦那さんにしっかり仕え、末永く幸せにな

けどな…」


「それでも辛いときは、いくらでもわてを頼り

泣きたくなった時は、いつでもおいで」


『…秋斉さんっ』

○○はんは、もう涙を止めることができんくなった

そんな彼女を、そっと胸に引き寄せ、優しく抱く



初めて○○はんを抱き締めた日

彼女がこの置屋に来て、右も左もわからず

頼れる身内も知り合いもいなくて

独り唇を噛み締めていたあの日

初めてこの腕の中に入れたあの時から、きっと特別な存在だった

それからも彼女が辛いとき、幾度か胸を貸してきた

あくまで“楼主”を貫いて…



そして今も、そうあるべきなんや

これで最後と己に言い聞かせ、そっと彼女を包み込む



堪忍え、○○はん

堪忍や、あの人にも



けどな、わての精一杯の強がりや

たとえ父でも、兄でもいい

手放しても、いつか何かの形で戻ってきてくれる存在でありたい



灯火のようなわての想いは、今日の雨が消してくれる

それでいいんや

それで…



「さ、玄関で旦那はんが待ってるで

早う行きよし」

一礼して出て行く○○はんの背中を押し、玄関へと導く

そこには○○はんが愛してやまない旦那はん…


寄り添って雨の中消えてゆくふたりに向けて、もう一度祝福の言葉を乗せる


「おめでとう」


どうか幸せになれ

どうか幸せであれ



さよなら、○○はん…

愛してましたえ…





―祝婚詩~六月の花嫁に捧ぐ~【藍屋秋斉】・完―