我をも忘れる程に、俺は○○をきつく抱きしめていた

『秋斉…さん…』

気がつくと、○○も俺の背中に手を回していた

触れる頬と頬に、冷たい感触

○○が涙を流して微笑んでいる

「なんで泣いてるんや」

『だって…嬉しくて・・・』


―――――


俺の中で、何かが切れた音がした

その後は無我夢中で

○○の髪に、頬に、瞳に、己の唇を押し当てていた

そして最後に唇に触れる

はじめは触れるだけの口づけ

それが次第に深くなり、激しさを増す

○○の頬は赤く上気し、戸惑いながらもそれを受け入れている


緩んだ簪からこぼれた髪が、俺の首筋を這う

迷わずその簪を抜き取ると


ふぁさっ


艶やかな黒髪が肩に落ち、

「顔を見せてみよし…」

髪をわけて覗いた顔に見えたものは、熱を帯びた頬と涙で滲んだ瞳だった


…我に返る

俺は何をしていて、何をしようとしていたんだ

慌てて手を離し、目を逸らす

「堪忍や…」

『秋斉さん、私…』

「堪忍や…!」


○○を傷つけぬよう、守るつもりでいた

それがたとえ猫でも、この娘の白い肌に傷つけるようなことは許さないと思っていた

なのに今俺がしたことは、

俺を信用している○○の心も身体も傷つけるような行為をはたらこうとしたことだ



そんな俺の手を、○○が手ぬぐいを巻いた手でそっと包む

『秋斉さん、私…秋斉さんが好きです』

「っ・・・・・・」

そんなことを言うな

今度こそ我慢が利かなくなる

『だから、秋斉さん…私を…』

「そんなことを言うな!」

心の叫びは、声に乗って静寂を斬る

『あんさんは慶喜はんの預かりもんや 傷つけるわけにはいかん

今のことは忘れて…さぁ、今夜はもう部屋に戻り』


早口でそう促しても、○○はその場を動こうとしない

そして、ひとつ深い息をついて○○が口を開く

『私は今まで傷ひとつつかずにここで過ごして来れました

ずっと秋斉さんが守ってくれてたから…

あのお祭りの夜、庇ってくれたことも、

私を新造のままでいさせてくれて、お客を取らせないことも…』


『秋斉さんが、他の何にも私を傷つけられたくないと言うのなら、私はあなたに傷つけて欲しいです』

どういう意味で言っているのか

もし俺が思うところと同じなら、この娘は意味をわかって言っているのか…?

「○○はん…その意味わかってるか?」

こくりと頷いた○○は、俺の首に手を回し、再び頬と頬が触れ合わせる

『いつかはどこかで“傷”がつくんです

それなら私は秋斉さんに…』

「もう…戻れないぞ」

そのまま○○の上に体を重ね、帯に手をかける



楼主から“男”になった俺は、

新造の○○を“女”にしていく

静寂の中、聞こえてくるのは互いの吐息だけ…




どんなに深い想いを言葉にしたとしても、

形に残らぬ言葉なんて儚いものだ

だからいっそ、○○に消えない傷をつけてしまいたい

○○の“最初”を俺のものにし、身体に俺自身を刻み付けたい

これまで決して出すことのなかった、己の欲にまみれた、俺の“本心”…



それを○○は受け入れてくれる

髪に手を差し込み、しなやかな身体をなぞり、力の限り抱きしめる

部屋の明かりを消し、月明かりだけが二人を照らす


「○○…、愛している…」

儚いものだとわかっていても、言葉にせずにはいられない

『私もです…』

もう一度深く深く口づけ、互いの中へ沈み込んでいく…





間もなく夜が明けようとする頃か、東の空が白み始める

他の者が起きる前に、○○を部屋に帰さなければ…


○○を抱きしめて眠っていたはずが、何か違う感触になっている

気がつくと、俺が○○に抱きしめられた格好で眠っていた

いつの間にか○○の胸に顔を埋める形になっていた


寝顔はあどけない少女のようなのに、たった一晩で“女”の表情になった○○


―――――この娘は、俺が守る


誓いを胸に改める

俺がつけた以上の傷は、もうつけさせない

身体にも、心にも…


○○が起きないように、もう一度抱きしめ直し、今の幸せをかみしめた



楼主と遊女の恋はご法度…



一番大きな秘密を抱え、俺は○○を愛していく






―傷~続・秘密~後編―完