⤵️こちらは野口英世さんの生家
(幼い頃、手に火傷を負ってしまい、手術をしてもらった際、医者になる決意をしたんだそうです)
生家は野口英世さんの親友が記念館にして、家を雪や強風から守るよう、更にしっかりとした防御の為の屋根が取り付けられてありました。
このように幼い頃、囲炉裏に手を入れて火傷を負ったそうです。
これがその時の囲炉裏で、今も保存されてました。
野口英世さんの手はこのようになってしまいました…。
この写真から私はふと私のお友達のオーちゃんというアダ名の男性が私をアシストしてくれる事に非常に奇遇を感じました。
オーちゃんの手に似てるようにも見えます。
それはオーちゃんも幼い頃にナタで自分の指を切ってしまったとの事でした。(オーちゃんの手の写メはゆくゆく掲載しようと思います。)
そして、野口英世さんとオーちゃんの身長も
同じ低身長なんです。
野口英世さんのお母様が洗濯に訪れてた場所。
その丁度裏に回った所に土間などがあり、縁側の側に囲炉裏があります。
サクサク歩きながら
フムフムと書かれてる内容などを確認して
別館へ…向かいます。
野口英世さん自信がとてもお気に入りの絵だそうです。
パシャリ📸
そして、この方が奥様のメリーさんです。
パシャリ📸
帰宅して写メを確認すると、こんな文章に気付きました。👀❗️
『まもなく全てが終わる』と、記された
内容の手紙が
4月7日付けで、メリーさんへの最後の手紙となりました。
4月7日⁉️私の誕生日だわ🎂
なんだろな…
オーちゃんの指といい、この手紙の最後の日付といい、重なるね。
結局は野口英世さんは黄熱病のワクチンとして勘違いしてしまい、本人も黄熱病に感染して亡くなってしまいました。
まだ50代前半というご年齢でした。
福島県にある猪苗代の田んぼ。🌾
店内です。
この日は炎天下ではなく、小雨の降る涼しい晩夏で救われました。
お洒落なこの店舗は記念館の真前にあります。
隣のガラス博物館で…。
猪苗代湖はクルーザーやキャンピングカーやアウトドアの遊びに来る方々が多いのだとか。
私は湖には興味が湧きませんでしたので、余り眺めないで、目的を果たして直ぐに郡山駅へと向かいました。
野口英世記念館で、フロントスタッフさん達へ会社の名刺を差し出してはご挨拶をしてきました。
特に資料室の記念館でのフロントの女性が私の名刺を凝視してくれては、とても丁寧な挨拶を返してくれ、
また、本官に於いても私の存在に気付いてくれた男性スタッフさんが優しくフォローをして下さいました。
その節は、大変ありがとうございました😊
良いご縁となりますと幸いです💞