祝還暦 | It's Key Blog

祝還暦

今日は、朝寝坊して、朝とお昼兼用のお雑煮を作って食べた。
あったかくておいしかったぁ♪

おつまみに、リッツonチーズ&いくらを作ると、イッツは、上のいくらばかり食べるので、いくらだけお皿に入れて食べさせてやると、すごい勢いで何回もおかわりして(笑)
しょっぺぇのによくそんなに食べるね。


年末に、マックイーンのパジャマを買った。
私からのささやかなクリスマスプレゼントプレゼント
まだかなり大きい( ´艸`)

この正月は、お義父さんの還暦も祝うため、私たち夫婦は、大役を果たさなければならなかった。
とは言ってもご馳走は、仕出し屋に任せて、赤いちゃんちゃんこならぬ赤い贈り物とビールは、年末に慌てて買いに走り、準備は万全。

後は、飲むのでお泊りの準備をして出かけるだけ。
仕出し屋が私の実家の近くなので、行く前に寄ってみると、うちの実家にも親戚が集まっていてにぎわっていた。
イッツにお年玉をもらって、もらうものだけもらって(笑)おいとま…

祝賀会が始まって、パパが還暦祝いの言葉と乾杯の音頭を任された。
あぁ…そうだったそうだった。ちゃんと準備させておくべきだった汗
お義父さんも少しがっかりした様子。

定年退職している訳でもなく、早期退職後、かなり収入が減ってしまったが、まだまだ元気に働きに出ているお義父さん。
もう少し、労いの言葉と長寿を願う言葉をかけてあげられれば、と後悔汗
至らない息子、娘で本当に申し訳ないo(_ _*)o


お父さん、還暦おめでとうございます!
今まで、家族を支えてくれてありがとう。
これからもお母さん、おばあちゃんといたわり合い、大切に。
いつまでも若く、健康で、長生きしてくださいドキドキ

何の波風もたたない夫婦や家族っていないと思うけど、誰かが犠牲になって我慢していても、その辛さを忘れるほどの喜びがあれば、どんな苦労も乗り越えていけると思う。





ここからは、長くなるので、読みたい方だけどうぞ↓





家の恥なので、あまり言いたくないけど、私もパパもいろいろ問題を抱えた家族。

私が、何の不満もない環境でぬくぬく育ったお嬢様なら、パパから聞く話だけで、お義母さんだけに同情していたかも知れない。
でも、私は、育った環境がパパとびっくりするほどそっくりで、父母の仲が悪く、祖母が権力を振るい、子どもは大人に絶対服従。
パパの祖父は、立派に成功を収めた人だったらしいが、うちの祖父は、人はいいが、人が良すぎて損をするタイプで祖母に見下され、全く威厳なし。
それが当たり前と辛抱して育った私には、それくらいで?と同情するに事足りない。
ある意味、選ばれてこの家に嫁に来たのではないかと思ってしまうほど。
夫婦の愛情がなくても、義父が長年働き、十何年も別居中の義母にお金を入れていただけでも尊敬に値する。

私の実父は、愛情もなく、たまに勉強を見てもらうとイライラしてすぐ暴力をふるい、何時間にも渡って何度もげんこつで殴られ、オイオイビービー泣いても、誰も助けてくれず。
それでも次の日には、兄弟でタンコブを数えて、数を競うほどケロリとしていたもの。

私が中学生の頃に離婚後、調停で父が養育費を払うことになっていたが、1度か2度入っただけで、一切なし。
それでも、母は、文句一つ言わず、「あんな人のお金は、要らん。」と言って根性で、4人の子を育ててくれた。

祖母の折檻も当たり前。
言うことを聞かないと、しょっちゅう、仏壇の前で、もぐさを盛られ、線香でチリチリと焼かれていた。
大人が寄ってたかって、体をかんじがらめに押さえられて。
熱くて痛くて、それはもう、地獄。
最後は、諦めて、我慢して我慢して泣くこともなくなった。
泣かなくなったら、灸はしなくなった(笑)

子どもは、宝。ではなく、子どもは、奴隷。
言うことを聞かしてなんぼ。
楽しいはずの夏休みや春休みなどの休みは、働く日々に変わる。
子どもは、家のために働く百姓(田舎者)に育った人だから仕方がない…

あんまりしつこい説教&折檻に堪りかねて、言いなりだった私が爆発した日。
祖母に食って掛かって、立ち上がった時、いつの間にか祖母の目線より私の目線の方が高くなっていて、祖母がひるんだのが分かった。
急に祖母が小さく見えた。
「あぁ、この人は、本当は弱いんだな。」と思ってそれ以上何もしなかった。
その日から、祖母の折檻は、ぴたりとなくなった(笑)

8つ違いの叔母にも、煙たがられ、冷たい扱いを受けた。

毎日のように祖母は、祖父にケンカをけしかけ、止めに入ってとばっちりをくらい、どんなに祖母が悪くてもみんな女帝祖母(笑)の言いなり。
口ごたえもせず、黙って耐える。

もちろん、私だけ、黙って耐えられない性格らしく、よく口論になった。
全員を敵に回すことにもなる。
なんて理不尽な家だと思っていたけど、おかげでずいぶん鍛えられた。

ほんとに毎日誰かが誰かとケンカしてるような家族だったけど、私だけは、生まれ持っての楽天的な性格で、ケンカを長引かせない。
あまり、物事を深く考えないタイプで、言いたいことは、全部言って一度ですっきり!
しかも、謝らないと来た。

次の日には、ケロッと話しかけて、相手に無視されても平気だから(笑)
全くいじめがいのない性格です。
母は、今では、私のこの性格に救われて、自分が利己的だったと気付かされたと言ってくれる。
お互い無視して、無理にすれ違わせて、余計ストレスためて長期戦にするの大嫌い。
私のペースに巻き込まれて、みんな笑って終わり。
私の場合、笑わせてなんぼ。

言い事が絶えない家だったが、もちろん楽しいこともいっぱいあった。
私たちが一人も道をそれることなく、大きくなれたのも、祖父母の助けがあったからこそ。
祖父母や叔母がいつも家に居たので、悔しい思いはしても寂しい思いをすることはなかった。

よく夫婦喧嘩を見せられて嫌な思いもしたけど、母は、「夫婦の絆は、なくなってしまったけど、親子の絆は、つながってるんだから、いつでも会いに行っていいよ。」と言って、悪口は聞いたことがない。

大人になって、自立し、自己主張できるようになってからは、お互いの人格を尊重し、理不尽な扱いを受けることもなくなり、仲良く暮らせるようになったものの、祖母は相変わらず一緒に暮らす母に礼節を欠いた言動をし、母は、時折悲しい思いをしているようだ。

小さい頃に、愛情ももちろん大切だけど、甘やかすだけで、いざと言う時、勇気や心強さを与えてもらえないなら、どんなことにもへこたれないように、強く育てられた方がましな気がする。
家事・手伝いもしかり、叩き込んでくれて、家庭を作ってからは、苦労もなく経験となって活きている。
一所懸命やっても怒られてばかりだったので自己評価低すぎてパパからは、よく叱咤激励される。

パパは、同じような家庭環境でも長男として大事に、私よりは愛されて、褒められて育ったのだろう。
とっても前向きで自己評価も高い。

うちも長男である弟にはみんな異常に甘く、姉とよく腹を立てたものだ。
下の子に行くほど、お金もかけ、自分の好きなようにさせ、言うことを全く聞かなくても許されて、甘やかされている。
妹は、小さい頃は、弟から嫉妬され、ひどくいじめられたが、それ以外は、愛情一杯に育っている。
3歳の頃に離婚して父親を知らず、母が不憫に思い、人一倍甘やかしたので、一番甘えん坊で気まま。
気ままなことに腹を立てても、私が口を出すと母は急にだまって何も言わなくなる。
振り回されているくせに、かわいいもんだから人には言われたくないんだろうね…
親バカだよ。
文句言っても自分がそう育てたんだから仕方ないよ。

子どもだけは、柔軟に強く育つように、親は、どんな時も明るく、優しく、強くあるべきだと思う。