以前、あるご縁で九度山の慈尊院を訪れる機会がありました。

その時に弘法大師・空海が、高野山から母の暮らす慈尊院へ通ったという話を聞きました。「九度山」という名前も、月に九度母を訪ねたという伝承に由来するといわれています。
慈尊院から高野山へ続く町石道は、かつて多くの人が祈りや願いを胸に歩いた高野山への表参道。
歴史には詳しくありませんが、その話を聞いて「一度、自分の足で歩いてみたい」と思いました。
約22km、180基の町石をたどりながら歩く道は、単なる登山道ではなく、長い時間たくさんの人の想いが積み重なった道だと感じました。
 
慈尊院は、弘法大師・空海の母公ゆかりの寺で「女人高野」と呼ばれています。
古くから女性の信仰を集め、安産・子授け・良縁、そして乳房にまつわる願いを託すお寺として知られています。境内には乳房型の絵馬が奉納され、多くの人が健康への願いを込めて参拝しています。
ここから高野山へ続く町石道は、祈りを胸に歩いたかつての表参道です。
 
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この道を歩きます。まあまあの距離。
 
 
計画より30分遅れましたが、九度山町役場に止めさせていただきまして出発します。
自宅からだいたい1時間で到着しました。
午前6時出発。
 
 
まずは、慈尊院到着。ここにトイレあり。お借りします。
今回は、道中トイレ多数あり、トイレの心配はないです。
安全登山祈念。「おんまいたれいやそわか」 と唱えます。

ちなみに僕は浄土真宗。ここは真言宗。高野山なのでね。

さらにちなみにここが町石道 百八十番です。ここから高野山までカウントダウンで一町ごとに、いわゆるマイルストーンがあるのです。
 
 
 
ここは 乳がん平癒を祈念するお寺でも有名であり、このようなお守りや絵馬も販売されています。
 
 
これが町石と呼ばれる高野山への道標で、慈尊院から高野山の壇上伽藍まで1町(約109メートル)ごと180基置かれています。
そしてこの道標が百七十町石。これが1になったらゴールです。
 
 
東屋あり、展望台があるので寄ってみますと、展望台だけあってなかなかいい景色です。
夕日百選にも選ばれてる場所ですね。
 
 
高見山が遠くに見えます。
 
 
現在地確認、まだまだやな… 
 
 
 
接待場(せったいば)
真言宗の開祖、弘法大師(空海)は、835年3月21日に入定(にゅうじょう)。
毎年この入定の日に高野山で行われる法会を「御影供(みえく)」といい、大正時代の末期まで、人々は歩いて高野山を目指しました。
当時、御影供の日に教良寺(きょうらじ)村の人々が参拝者へここで握り飯、湯茶の世話をしたのでそう呼ばれる。
空海の石像があります。おがむと、遠く高野山奥の院の御廟を望むとされる。 と
 
ササヨリと空海像。 
OMで。M.ZUIKO DIGITAL ED 7-14mm F2.8 PRO使用。
以下、OMの写真は同様。
 
 
 ここは町石が二つ
右は一里石。  左は??
 
 
二ツ鳥居にある 展望台に到着。ここも 公衆便所があります。 トレラングループの人も来られました。
 
 
二ツ鳥居とササユリ。これもOMの広角レンズで。絡めて撮影できるんですよね~
 
 
また知らないうちに120 を飛ばして 118まで。
つまり ここでようやく1/3が過ぎたということである・・
 
 
 
 
 
神田地蔵堂到着
ここのお堂でお昼にします
本日おお昼はこれ。今回は 炭水化物ちびちび作戦。おなかにずしんと来るものは食べずに少量ずつ頻回にします。
この作戦が今回はよかったみたい。
お堂から階段降りると、ここも綺麗なトイレあります。
 
 
ひたすら 平坦な道を延々と歩きます。
ものすごく長く感じます。
暑いけどずっと植林帯の中を歩くので、幸いバテバテにはならないです。ダイトレの階段地獄がない感じでイメージくださればと。
 
矢立茶屋ようやくつきました! つかれたー
 空海が高野山を開く場所を探していた時、ここで腰の矢を立て休息したと伝わる地。
高野山へ向かう旅人もここで一息つき、お茶と焼きもちを食べてから山へ登ったとされています。
 
時刻は正午。

もう帰ろう(笑)!とはいかず
 
 
もちろんやきもちと、炭酸チャージ
やきもち一つ150円。おいしいです。おすすめ。
 
 
期限は購入翌日までで日持ちしませんが、お土産で購入。
 
茶店の近くにトイレあります。
 
そして登山再開。
 
 
押上石。
弘法大師の母親が高野山へ入山しようとした時に激しい雷雨が襲って、その時に 空海はこの岩を押し上げて母をかくまったそうです。ほんまかいな?
こんな感じで見所は所々あります。が、眺望はないです。
 
あと40町。 すなわち あと4.4km もあります・・・
 
 
 
あと30町。こんな感じで埋もれている町石がちらほら。つまり年月で土砂が堆積したということで。
 
鏡石 だそうですが 石柱が途中で折れていまして、がみいし となってます
 
 
 
いよいよ最後の登りだ!! これを過ぎると ようやく大門に着く。
しかし きつい!! そんなに激登りではないのだがなだらかな坂がとてもきつい!!
 
 
これはおそらく 石碑の たった後に この 杉が植えられそだったのだろう。そしてこの杉が これぐらい大きくなるまで 以上に、石碑が建てられてから年月が経ってるって事を意味しているわけだ。
 
大門ついたー! 時刻は午後3時。出発して9時間!
しかし町石がない!ここは7町のはず。
OM広角で撮影。
 
大門くぐると 町石がありましたが 6町です。 7と8が見当たりませんでした そしてトイレがあります
 
 
すぐに5町  間隔短い?
 
 そして、根本大塔でゴール
でも1町石は? 探すと写真右手にありました!
 
 
ありました!1町石!これで本当のゴール!
ここは来たのは2~3回目だけどこんな何気ない石に意味があったとは!
 
その後、金剛峯寺へお参りし、さあ高野山駅へ帰ろうと、今までの経験則で、女人堂の方向へのバス停へ向かい、そこの時刻表を見ますと・・・あれ?本数が極端に少ない???
検索せずバス停に向かうと・・・
 
あれ??なんか、昔とバスのルートがちがう!

高野町 | 高野山内路線バスの迂回運転について
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↑調べたらこんなことが!しらんちゅーねん!

仕方なく きたみち戻ります…
下手に高野山の勝手を覚えていて新たに検索をしなかったからこういう目にあいました。
 
そしてここからバスに乗り。山行終了です。
九度山駅までバス、ケーブル、電車で戻ります。
 
 
 
極楽橋からは、特急こうやではなく、各駅停車 橋本行きへ。
 
 
 
久々のこの路線。ちょっとかぶりつき
 
 
これも何度もみていますが、ご覧になられていない方のため撮影。
 
 
九度山へ戻りました。
列車交換で並ぶと絵になります。
役場まで歩いて、車を回収、直帰となりました。