今日は友人たちと沢山の近況報告をし合えて気持ちが楽になったので、オカンの主治医&ケアマネとの話し合いの内容(かなり色濃い内容でしたが…)はまたの機会にして、父ちゃんの前立腺ガンとの闘いの始まりから現在までを少しずつ書いて行こうと思います。
私自身、blogや記事を沢山読み漁っていたので、少しでも情報のひとつになればと思います。
私の住んでいる場所と両親が暮らしている場所は、約400キロ離れた場所で
家族で実家に帰るのは盆と正月…くらいかな
それでも父と電話で話す事はしょっちゅうで、
長い時は1時間以上とか…
そんな父は自営業で健康診断など全く受けようとしない…あまりしつこく言うと怒るので、健康診断キットをネットで申し込みをして勝手に送りつけました。
その検査では胃の萎縮?で再検査。
大きな問題はなくピロリ菌をやっつける!
また忘れた頃に健康診断キットを申し込みました。
その頃、吉本の間寛平ちゃんがアースマラソンにチャレンジしていた頃で、寛平ちゃんが患った前立腺ガンと言うガンがある事をそこで初めて知ったと思います。
そんな事があったので前回のキットにプラス前立腺ガンの検査キットも申し込みました。
2010年だと思います。
2013年頃、胆石か腎石?(良く分かってなくてすみません
)で入院した父
)で入院した父その入院がきっかけで「多血症」の症状が見つかり定期的に大きな病院で経過観察する事となりました。
父のメモに
2013年10月 PSA 4.2
と記されてる…
なぜ、ここで直腸診しなかったのか
ボーダーラインの数字
タラレバ言うたらアカンよね…
何か症状があって調べたのか?分かりませんが
その次に
2015年 PSA 4.2
これは高血圧の薬を貰っている掛かりつけの病院での結果
私の薄い記憶の中でもこの頃、頻尿に悩まされていたと思います。
もしかしたら2013年10月の検査の頃からだったのかなぁ…
頻尿が前立腺ガンの症状と知らず、過活動膀胱?っとか歳のせい?とか軽く泌尿器科行った方がいいよーっで済ませてしまっていたのが悔やんでも悔やみきれません…
その後、
2015年
10月 PSA 5.3 (血液内科にて)
11月 直腸診にて前立腺ガンと告げられる
MRI 生検
12月 判定 T3a グリーソン8
骨シンチ 骨への転移は無い様である…
ホルモン治療開始
これが、父の前立腺ガンと診断されるまでです。
ちょうど2年前の出来事です。
前立腺ガンは比較的進行がゆっくりで
ホルモン治療で寿命を全うされる方も居るとか。
私は3歳年上の兄を胃癌で28歳と言う若さで亡くしているので、父のガン発覚直後はショックで泣いて泣いてでしたが、ホルモン治療にてPSAも下がり、本人も頻尿の症状以外は全く健康体で仕事も出来ていたし、このまま上手く治療が出来るのではないか?っと思い始めていました。
しかし、父のガンは主治医もビックリするくらい悪い顔の悪性度の強いガンだったのです。