僕が見た永田町~素人しか変えられない~⑦
僕が見た永田町~素人しか変えられない~⑦
突然の電話から一週間後のこと。
指定された六本木にある喫茶店に先に着いていた僕の姿を見つけるなり、氏は笑顔で駆け寄ってきた。
「お忙しいところ、すいませんねえ」
そう言って、名刺を渡された。
聞いたこともない横文字の会社名に、代表取締役の肩書。
僕は改めて、K氏をまじまじと見た。
いかにも上質そうな生地で仕立てた紺色のスーツに淡いブルーのシャツ。ストライプのタイを締め、ブランド物のメガネ。出で立ちからして、氏は、見るからにやり手に見えた。年の頃は40代前半といったところか。
早速僕は最初の疑問をぶつけた。
「どうして僕の電話番号を知ってたんですか?」
「伊藤さんは有名人ですから、まあ、いいじゃないですか、そういうことは」
さらりとかわされた。
これ以上聞いても、教えてくれそうにはない。
ここは引き下がるべきかと悩んでいると、氏がぐっと身を乗り出してきた。その迫力に、一瞬たじろいでしまう。
「で、伊藤さん、次も出るんですか?」
ここに来る途中も、どう答えようかとずっと迷っていた。オープンエントリーに挑戦することは、今後支えてくれるスタッフとごく数人の信頼する友人にしかまだ伝えていない。
やはり初対面の人間に本当のことを言う必要はないように思えた。
「まだ、決めてないです。第一、自民党からの公認がでるかどうかもわからないですから」
「そうですか・・・」
氏は少し、残念そうな面持ちになった。
ここは、事実を伝えるべきか。その方が何か有益な情報を得られるのではないか。気持ちが揺らいだ。
考えを巡らせながら、コーヒーカップに手を延ばす。口にいれたコーヒーはすっかり冷めていた。
「不躾な質問なんですけど、伊藤さん、前回はどのくらいお金は使われました?」
「えっ!?・・・そんなこと、言いたくないですけど」
さすがにむっとした。
いくらなんでも失礼だろう。
そんな心持はおそらく顔にも出ていたと思う。
それでもお構いなしに氏は、鞄の中からA4の用紙で作った資料を取り出した。用紙に書かれたタイトルが目に飛び込んでくる。
「選挙サポートのご提案」
合点がいった。
そうか。この男は噂に聞いたことのある選挙プランナーとかいうやつか。
「実は、前回の選挙の時から、私どもといたしましては伊藤さんに注目をさせていただいてまして。で、今回もチャレンジされるのなら、色々とお手伝いさせてもらえないかと思いましてね・・・」
8枚の用紙からなる資料を使ってのプレゼンテーションが始まった。
とりあえず、黙って聞くことにした。
正直、内容に新鮮味はない。
SNSの使い方。効果あるドブ板選挙の方法などなど。
どれも、聞いたことのある戦略ばかりだ。
ただこれまでの勝率だけは高く、41勝3敗だという。
このサポートで一体いくら請求されるのだろうか。いつしか氏の説明よりもそちらに興味は移った。
「すいません、話の途中なんですけど、これでいくらくらいかかるんですか?」
「もちろん、伊藤さんの予算にもよりますが、比例区ということですから、だいたい1本くらいかと」
「1本!?ちなみに単位は千万円じゃないですよね」
「はい。ただ、これをすべてやればということですから、もちろんマイナスαはあると思いますが」
呆れて、氏の顔をじっと見た。
臆する様子はない。
ゼロが一つ違うとまでは言わないものの、それに近い金額で僕は戦うつもりだった。それでも前回よりは、倍近い金額である。
「いや、そんなお金ないですよ、俺」
「でも、比例区ですからね」
氏は一歩も引かない構えだ。
「お金がかかることはわかってますけど、でもないものはないですし」
「とりあえず、話を最後まで聞いてくださいよ」
その後1時間、氏のプレゼンテーションは続いた。
⑧に続く。