僕が見た永田町~素人しか変えられない~㉒ | 伊藤ようすけオフィシャルブログ Powered by Ameba

僕が見た永田町~素人しか変えられない~㉒

結局、選挙戦を間近に控えながら、確実な支持母体は見つからないままだった。
もちろん、毎日のように、「それが本当だったらすごいじゃん!」って話は舞い込んでくる。
まだあまり知られていないが、すでに会員数が2万人に達している宗教団体の教祖と知り合いだ。
とある地域の利権をすべて握っていて、〇〇大臣も選挙の際にはお願いに出向く、建設業界のドンを紹介できる。
病院、学校法人を多数所有し、その地方の行政にも多大な影響力を持つ経営者が「洋介と会いたい!」と言っている。
などなど。
大抵、聞いているうちに幾つかの疑問点が沸いてくる。端的に言えば、そのよさげ話に粗が見えてくるのだ。
それでも、僕はそれらを指摘することなく、言われるがままに彼らと面会した。
時に飛行機を使い、新幹線を使い、片道半日以上を要することだってあった。
スタッフからは「怪しいから、行ってもきっと無駄ですよ」と止められても、聞く耳を持たなかった。
なぜか!?
話を持ってきてくれる人たちの多くに悪気がないことだけは想像できたからだ。
それどころか、何とか僕の力になりたいと考えてくれている。
そんな彼らの好意を、やる気を無下にすることなどできるはずもない。とにかく一人でも多く、僕のことを真剣に考えてくれる応援者が欲しかった。
今考えると、あの当時の僕は肉体的にも、精神的にも相当追い込まれていたのかもしれない。

中でもスーパーあずさに乗って訪れた、山梨県にある宗教団体の訪問は不思議な体験だった。
同行してくれたのは、地方議員の秘書であるS氏。
氏とは6月の上旬、ある衆議院議員のパーティーで知り合った。
旧知の仲であるかのように、満面の笑みを浮かべて近づいてきた氏にいきなりこう切り出されたのだ。
「伊藤さんのような国会議員が、これからの自民党には絶対必要だと思うんですよ。でね、もしよければ少しご足労いただくんですけど、かなりまとまった票を持っている、宗教家を紹介させていただきたくて。先日もお会いしたんですけど、選挙区で応援する候補者は決まってるようなんですが、比例区はどうやらまだみたいなんですよね。いかがですか?」
「伊藤さんのような国会議員が必要」と言われ悪い気はしない一方、唐突な提案に、戸惑ったのは言うまでもない。
何しろ初対面だ。
その上に宗教家ときた。
普通に考えれば、胡散臭さはプンプンである。
返答に窮していると、氏はまたニコッと笑った。
「お忙しいでしょうし、今ここで決めるのは難しいですよね。もしご興味ありましたら、いつでも連絡ください。応援してますよ」
握手を求められ、応じると強く握り返された。
悪意はなさそうだ。
第一、あったところで命までとられるわけではないだろう。
「では、失礼します」
その後ろ姿を眺めながら、明日の朝にでも電話を入れようと決めた。きっと早く動いたほうが、氏もいっそう加担してくれるに違いない。

駅からタクシーに乗っている最中、宗教家と対した際のレクチャーを受けた。
本当は、電車の中で詳細な話を聞くつもりだったが、秘書らしく忙しい様子のS氏は新宿駅発車時からずっと席をはずして、電話をしていたのだ。
「むこうが聞いてきたことだけ、答えてください。余計なことは言わないでいいですから」氏は前方を見据えたまま、僕の目を見ずに言った。
余計なことってなんだ?急に緊張してきた。選挙戦まであと10日ほどに迫った中、ほぼ半日をつぶして山梨まで足を運んだことを少し後悔した。すぐに今更だと気を取り直す。せっかくここまで来たんだから、全くの手ぶらで帰るわけにもいかない。
タクシーは瓦屋根の大きな家の前で止まった。ここがその宗教家の自宅なのか?隣にその家と同じくらいの大きさの2階建てのプレハブがあった。
「ついてきてくださいね」
慣れた感じで敷地内を歩く氏の後を追い、プレハブの階段を登る。
氏が扉を開けると、畳が敷き詰められていた空間が広がっていた。バレーボールのコートが軽く二つは入る広さだ。
ここで何が行われているんだろう?修行?説教?
色々と巡らしていると、僕の心中を察したのか、氏が初めて会った時と同じようにニコッと笑って言った。
「さっき電車から電話入れてあるんで、もう少ししたらいらっしゃいますから。ここで座って待ちましょう」
しばらくすると扉の開く音がした。振り返ると拍子抜けするくらい普通のおばさんが入ってきた。年の頃は60歳前後といったところか。上下赤色のジャージを着ている。
「お忙しいところ、すいません、先生」
S氏が立ち上がり、深々とお辞儀をしたので僕もあわてて立ち上がり頭を下げた。
「遠いところまでわざわざ来ていただいたのに、お待たせしました」
やけに柔らかい口調だ。勝手に想像していた宗教家の姿とは全く違う。これじゃあ、ただの近所のおばさんだ。
彼女は僕の前に正座して座ると、じっと僕の顔を覗き込んできた。そして、持っていた手帳を開く。
「お名前を教えてください」
「伊藤洋介です」
「どういう字?」
「伊藤は伊豆の伊に藤で、洋介は太平洋の洋に、紹介の介です」
普通のおばさんにしか見えない彼女は、手帳にすらすらと僕の名前を書き、それを見ては僕の顔、そしてまた手帳を何度も繰り返し見た。
「Sさん、比例って何票必要でしたっけ?」
「うーん、そうですね。毎回違うんですけど、前回は8万票で当選でした」
「8万ねえ・・・」
言いながらおばさんの顔が曇り始めた。
「このままだと、あと2万票足りないわねえ」
ぼそっと言われて、僕は思わず身を乗り出した。
「何で、わかるんですか?」
隣のS氏の鋭い視線を感じる。「聞いたことだけ答えろ」と言われたことを思い出した。
「先生は全部見えるんですよ」
迫力ある物言いに僕は黙り込むしかなかった。
「先生、伊藤さんにはどうしても当選してもらいたいんで。何とかお力添えをよろしくお願いします」
おばさんが目をつぶった。
何やら考えこんでいる様子だ。
「他ならぬ、Sさんのお願いですからね。やれるだけのことはやりますよ」
「ありがとうございます。伊藤さん、よかったですね」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
何がなんだか、よくわからないまま、とりあえず頭を下げる。
「じゃあ、あとはこちらで具体的に話を詰めておきますので、伊藤さんは先に東京へお戻りください。下にタクシーを呼んでますから」
「あっ、そうですか・・・・。じゃあ、先生よろしくお願いします」
早くこの場を去った方がいい雰囲気を察した僕は、すくっと立ち上がり、やはりどうしても宗教家には見えないおばさんに向かってまた深々とお辞儀をした。

帰りの車中、S氏からラインが届いた。
「お疲れ様でした。あの後先生と具体的な応援方法をしっかり打合せしましたのでご安心ください。とり急ぎ伊藤さんのパンフレット類を500部ほど事務所に送っていただければ助かります。頑張りましょう!」
その後、選挙期間中も含めS氏とは何度かラインのやりとりをした。残念ながら、実際僕がいただいた票のうち、一体何票があの普通のおばさんにしか見えない宗教家の力添えによるものなのかは定かではない。

㉓に続く