こんにちわ、ていあんです。

常々思うことだけど

コミュニュケーションって素晴らしい

 

なんでだろう

なんでそう思うんだろう?

 

色々考えて見て

ぼくがそう思う理由がいくつかあるので、

思いつくままにここに書いてみる。

 

 

まずぼくが考えるコミュニュケーションの定義だけど、

それは自分が今瞬間に思ったこと、感じたことを

目の前の人に伝えられる。といういこと。

 

もちろん「伝えられる」だから

伝えなくてもいい。

 

ただ言葉にできるという選択肢と

言葉にできる上で、伝える必要のない人には

「伝えない」という選択肢が取れること。

 

ここにきて思うけど

コミュニュケーションって

伝えることばかりにフォーカスされがちだけど

本当に大切なのは伝えないコミュニュケーションの方なのかもしれない

 

ただこれはぼくの中では

我慢するとか言葉にしないとじゃない

 

むしろ言葉にするし、しっかりと伝える。

自分に、目の前の人に

 

 

今も書いてて思ったけど

コミュニュケーションの相手って

大きく分けて二つあるよね。

 

自分と目の前にいる人

 

ここを常に整理しておくと

生きやすいな。

 

コミュニュケーションって

今までは自分と相手、、みたいなのを

イメージしまくってたけど、

 

自分が自分とコミュニュケーションを取れるようになると

すごく楽に、そしてコミュニュケーションの幅と奥行きができるようになる。

 

自分の話を自分が聞くときに

ぼくはぼくの話を全部許せるようになった。

 

今君はそう思ったんだね

いいよいいよ。

 

今君はその話を聞いて欲しかったんだね

いいよいいよ

 

これはすごく抽象的だし、

会話の流れも適当に文字にしてみたけど、

おおよそこんな感じ。

 

 

何というか、肯定して欲しいのかもね。

でも最近よく思うだけど僕たちは生きてるだけで本当にすごい。

 

それはぼくもだし、ほかの人間もだし、

人間以外の生物もだし。

 

そして生きてるものはいつか終わりが来る

それもすごい。

 

結局何をしても、何もしなくても

終わりは来るし、生きてもも生きてるだけですごい

 

それならそもそも自分を肯定する必要も

誰かの肯定ももらう必要もない

 

でも自分が自分の肯定をしなくなると

そんな自分に自分を自然と肯定してるから

やっぱり人生って面白いと思う

 

話があっちこっち行ってるから

ここらで整理したいんだけど

自分が自分とコミュニュケーションを取りたいのか

自分は誰かとコミュニュケーションを取りたいのかを

理解すると良さそう。

 

んで、自分を許したら、

自分とのコミュニュケーションを

より一層楽しくなるし、楽になる

 

それに比例して、

誰とのコミニュケーションもより一層

楽しく楽になっていく。

 

ここで書いてて感じたけど

ぼくはぼくが擦んている世界を

自分でつくって生きてるんだな

 

どうせ生きるなら

より住みやすく、楽に喜びにあふれる世界を創っていこ

 

あんたはどんな世界を生きたい?

そうなるためにどんなアプローチで生きてる?
何を思って、何をみてる?

 

いつか聞かせて欲しいな。

 

あんたなんて乱暴な言葉を使ってごめんね。

今一度使っていたんだ。

 

いいよ。

 

ありがとう。

多分コミュニュケーションってこういうことなんだと思う。

 

昔、、中学の頃はぼくと話したい奴なんて誰もいなかった。

それからぼくは経験に経験を重ねて、

ぼくは誰が好きでどんな話が好きで

その人たちはどんな会話や時間が好きなのか?を少しずつ理解してくことができた。

 

そういうことなんだと思う。

コミュニュケーション。

 

ぼくは今、ネットでのコミュニュケーションを理解してる。

それを使ってるし、使いこなそうとしてる

 

それができたら、たくさんの人と出会えるし、

楽しいこともたくさん待ってるし、

多くの人と出会うことも

多くのぼくとも出会うことができる

 

楽しみだな。

 

結局ぼくはコミュニュケーションがやりたかったんだ。

ネットでも、現実でも

 

んで、

ぼくの今のベクトルはネットのコミュニュケーションに向いてる。

 

楽しみだな

 

どんな着地を思い描こう。

楽園を創ろ

 

ぼくの楽園。

そしてその楽園に集まって来る

ぼくらの楽園。

 

遊びとエネルギーと宇宙と地球に溢れてるような

そんな楽園をこのネットにも現実にもつくっていこう

 

最初は一人を、、一つを

だんだん広がるように、、、

大きくなるように、、

 

どこに行っても楽園が続くように

 

書いてて思ったけど

この世界は楽園で

あとは自分がそう思えるようになるだけ、

 

そも思う、そう感じるぼくがいるんだな

 

どうあれぼくはこの世界に楽園をつくっていく

そう思う、感じるぼくをつくっていく