おバカの帝国第8回・バラバラの組織 | 夏炉冬扇の長袖者の尉のブログ 

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 明治憲法は天皇に絶対的な権力を持たせようとした余り、国政と軍を統括的に見る役職を置きませんでした、組織のトップが並立的に存在していて、そこには命令系統が存在していなくて、組織ごとに勝手なことがやれる、情報が全く共有されないといった仕組みになっていました。

 

 関東軍が満州事変を起した時に、政府は不拡大方針を示したにも関わらず、関東軍の思いのままに事変は拡大しました。統帥権があるので内閣は関東軍に軍事行動を止めるように命じることが出来なかったのですが、世界はこの醜態をみて日本は法治国家ではないと思いました。

 

 この状態は後も続いて、支那事変も軍が勝手に紛争を起こして、政府の方針に反して戦争を拡大して行き、国民党政府との全面戦争になりました。日米交渉でアメリカが大陸からの撤兵を求めたときも、陸軍に士気に関わるから撤兵はできないと居直られて、政府は日米交渉の成立を諦めています。総理大臣が、軍人を押さえて撤兵を決めるということが出来ない仕組みになってぃたのです。

 

 陸軍省があってそれを所管する陸軍大臣が内閣に参加していながら、参謀本部が統帥権を振り翳して、内閣も陸軍省も無視して好き勝手なことができる、これを内閣が掣肘しようとしたら、統帥権の干犯だと右翼や愛国者が騒ぎ立てて内閣が潰されてしまう、これがおバカの帝国の現実でした。

 

 内閣総理大臣に陸海軍大臣の任命権がなく、軍が推薦してきた軍人を大臣にしなければならず、軍は内閣の方針が気に入らないと大臣を辞職させ、後任を推薦しないという方法で内閣を潰しました。それを防ぐ方法は、総理大臣を政党の政治家から選ばず、軍人から選ぶしかありませんでした、そして最後には、東條英機が総理大臣と陸軍大臣と参謀本部総長を兼ねるところに行き着きます、内閣が軍に支配されるかたちになるしか、内閣の意思と軍の意思を統一することが出来なかったのです。

 

 陸海軍を統一的に指導する統合幕僚本部のような組織もなく、陸海軍が別々に天皇の指揮下にあったので、情報は共有されず、台湾沖航空戦の大戦果が間違いだったことを海軍が隠していたので、陸軍は安全に海上を移動できると考えて、ルソン島での持久ではなく、レイテ島での決戦を企画して惨敗しています。

 

 大本営のなかに陸海軍の連絡機関が設けられたのが唯一の窓口でしたが、どちらも秘密主義で情報を教えなかったので機能せず、最後まで有効な共同作戦が行われることはなく、別々に戦うことをやっていました。大日本国憲法の制度的欠陥なのですが、その欠陥憲法へ戻れば日本は良くなるといった議論がウヨと愛国者の間で交わされる世の中になってきています。