もうかれこれ5年はお会いしていない、アトピーを笑い飛ばす会「あとっぷ」からのご縁で知り合ったN君。
彼の実家は農家🌾
毎年、お米を送ってくれます。
お米ができるまでの工程をご丁寧に書いてくれるところが、N君らしい優しさ✨
何度も「会いましょう」という言葉を交わしながら、ゆっくりと話したことは20年もありません。
今年こそは会おうと企みます😏
それにしても、不純物がないお米ってこんなに美味しいのかって感動します。
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彼の実家は農家🌾
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何度も「会いましょう」という言葉を交わしながら、ゆっくりと話したことは20年もありません。
今年こそは会おうと企みます😏
それにしても、不純物がないお米ってこんなに美味しいのかって感動します。
SNSで「ひとりごと」や「備忘録」というタイトルで投稿する人に違和感を感じる理由は、以下のような点が挙げられます。
1. 公共の場での「独り言」という矛盾
• SNSは基本的に不特定多数が閲覧できる場です。「ひとりごと」や「備忘録」といった表現は本来、他者の目を気にしない私的なつぶやきや記録を指します。しかし、その内容をあえて公にしている点が、内輪の発信と公共性の狭間でチグハグな印象を与えます。
2. 「誰かに見てもらいたい気持ち」が見え隠れする
• 「ひとりごと」「備忘録」と断りつつもSNSに投稿するのは、本音では誰かに読んでほしい、反応が欲しいという心理があるのでは?と感じる人がいます。他人に見てもらう前提の場で「これは独り言です」というアピールが、かえって承認欲求や構ってほしい気持ちを強調しているように見える場合があります。
3. コミュニケーションへの期待の不明確さ
• SNSは他者とのコミュニケーションを前提とした場です。「ひとりごと」「備忘録」とされると、リアクションやコメントを求めているのか、無視してほしいのか分かりづらいため、受け取る側も戸惑いを感じやすくなります。
4. 本来の意味との差異
• もともと「独り言」や「備忘録」は他人に共有しない性質のものです。それをあえてSNS(共有空間)で発信する行為自体が、言葉の意味とのズレ=違和感につながります。
まとめ
要するに、「ひとりごと」「備忘録」には“独り”や“自分だけ”のニュアンスがあるにもかかわらず、SNSという“他者とつながる場”に投稿されることで、“内向き”と“外向き”の意図が混在し、読み手に微妙な不協和音(違和感)を生じさせるのですね。