今回の投稿は JAL123便の悲惨な事故に
関する内容です。刺激的な事柄が文言内に
有ります。
それをご了承の上 お読み下さい。
1985年8月12日 18時56分に ・・
それは起きました!
(画像はnet から拝借しました)
520名の方が亡くなりました。
間接的な知人も その中の一人でした。
詳細は申しかねますが その時の救助活動の
一部を存じています。
後方支援員と現地自衛隊員との
やり取りです。
後方員・米国のボ社のスタッフが◯◯時に
現着する。受け入れ準備乞う!
現地員・馬鹿やろ!そんな奴はどうでもいい
毛布が足りねぇんだよ!
袋(遺体収納用)だって足りねぇ。
早く 持って来い・・・!
あれから34年経っていますが 救助活動中の
隊員の方の激怒する心情が忘れられません。
亡くなられた方々のご冥福をお祈りします!
・・・ 合掌 ・・・
良い一日をお過ごしください ❣️