安易に「過食」という言葉を出していいものかは分かりませんが。


新婚生活。

新しい土地。

旦那とも穏やかにいかず、自分も思ったようには動けず。

「なんでだろ」「こんなはずじゃなかった」

そう思いながら過ごす日々。


気付くと月日だけは経っていく。

体重も、それといっしょに増えていく。

急スピードで、自分に大嫌いな脂肪がまとわりついていく。

  

重いな。

肉あるな。

はっきりしない輪郭。

きつい服、きつい時計、きつい結婚指輪。


私、なんか大きい。


そう思ったら最後。

正しいことは頭では全て分かっているのに、

外に出るのがこわくなった。


昔のような完全な引きこもりではないけれど、「痩せている自分」でないと、自己肯定感がぜろになり、人と会う自身がなくなった。

自己肯定感がぜろだと、普通に人と会うことができなくなる。


何年かぶりかに、大事な予定を直前でキャンセルしてしまった。

たくさんの人に迷惑がかかる。

心が苦しい。


それがきっかけで旦那とも喧嘩をして、心が完全に砕けた状態になり、私は食に逃げるしかない。


食べている時は、辛いことから逃げられるし、気持ち悪くなるくらいまでお腹いっぱい食べると、すべてどうでもいいように思えて、そのまま眠りにつける。


私は、ドラッグストアでたくさんのお菓子や菓子パン、冷凍食品におにぎり、アイスなど、「食べたい」ま思うものを、次々とかごに入れた。


それによってお金が無くなることは悲しいけれど、好きなものをたっぷり食べられることが嬉しかった。


しかし、問題は旦那が家にいること。

家以外に、人目を気にせずに沢山食べれるところなんてないのに…。


私は勇気をだして、旦那に、「いっぱい食べるの付き合って」とお願いをした。

今まで何度も過食を繰り返してきたけれど、これは、初めてのことだ。


旦那はあまりにもたくさんの食べ物に驚いたが、ひくことはなかったように見える。

いっしょに、たくさん食べた。

いつもの過食よりも美味しいし、同じ量を食べても、罪悪感がないことが嬉しかった。


その後一度は満腹になったものの、少し時間がたち、お腹が「また食べられそう」となったら、また「いっぱい食べたい!」という気持ちがとまらない。


次は、回転寿司に付き合ってもらうことにした。

いつもの「食事」の回転寿司とは違い、ただただ、食べたいと思うものをどんどん食べた。


家に帰ってからも、また食べては休み、また食べて…の繰り返し。

旦那は、「痩せている私」の方が好きなのは知っている。

でも、たくさん食べることについては、別にとめるような気持ちにはならないみたい。


初めて誰かに過食に付き合ってもらって気付いたことがある。

それは、嫌なことがあって、あまりにも多い量を食べること自体は、全然悪いことではないということ。

なぜなら、誰にも迷惑をかけていないから。

たくさん食べることで、嫌な気持ちをかるくすることができるなら、全然OKなのだ。 


旦那に、ずっと醜いと思ってきた姿を、さらけだすことができて、何だかほっとした気持ちもある。


でも、食べすぎは良くない。

○健康に悪い

○持っている服が入らなくなる

○お金がかかる

○自己肯定感がぜろになる←特に悪い


これれらのことも頭にしっかりと入れたうえで、今後も過食と付き合っていこうと思う。


こちら、買ってきた食べ物↓




2日で完食してしまいました。

まだまだ食べたい