いやサムネのレノックスは可愛いとは思うんですが……。

 

 

 

 どうも、いとぷです。

 

 最初に言っておきます。

 ガチで嫌いです。

 

 まあ、そもそもがネット上で行われるユーモアの無い人間同士の乳繰り合いとしか思ってませんから、そこまで目くじらを立てるようなもんじゃないとは思ってたんですがね。

 

 あのー。

 

 ソシャゲがね。

 

 近年はね。頑張るじゃないですか。ここぞとばかりに。

 

 特にまほやくとか。まほやくとか。まほやくとか。

 

 私も以前、エイプリルフールイベントの記事を出しましたけど。

 

 

 ↓学パロと海賊パロの感想記事。

 

 

 

 正直、この頃はまだマシだったと思います。

 いうて、もう二つのパラロイと天狗のやつは読んでません。

 

 そう、私、パロディと劇中劇が何よりも嫌いなんです。

 

 劇中劇というか、あれですね、アイドルや俳優のキャラがメインになってるコンテンツで、メインストーリーを無視してお出しされるキャラクター出演作品みたいなところですね。メカララとか星巡りとかは全然好きなんですが。それ以外は蛇蝎の如く嫌っています。例え人生で一番好きなアイナナだったとしても。A3!とかは平気です、そういうもんなので。でも公演ごとのキャラソンはやっぱり居た堪れない。

 

 そもそも私、人間も世界も、一瞬一瞬の歴史の積み重ねで出来ていると思っているんです。

 IFの世界にスライドしたとしても、身体を構成する細胞が1つでも違ったら、それはもう他人の空似です。

 

 でね。これは職業差別とかになっちゃうかもしれないし、そもそも架空のアイドルを推してる(といっても私は逢坂壮五という人間そのものを推しているんですが)くせに何言ってんだと思われるかもしれないんですが。

 

 アイドルとか、ホストとか、893とか。

 

 いわゆるパロディされがちなものというか、商業BLや無料で読める少女漫画で扱われてそうなもの、全部嫌いなんですよね。

 

 いや、本当に、根本的に良さがわからないんです。

 エンタメとして必要不可欠な要素なのは理解しているんですが、どれも人気や任侠といった形のないものを切り売りするじゃないですか。

 なんか、洋画でよくある、クラスのチアリーディング部に所属する、ナードにも優しいクイーンビーと仲良くなりたいみたいな。そういう、“そいつじゃなくてそいつの肩書を借りた気になりたいんじゃないか”と勘繰ってしまうんです。

 

 そもそも私は、五か国が支配する大陸のなかで人間から偏見や差別を受けながらも力強く優しく寂しく温かく激しく生きている魔法使いたちが好きなんです。

 積み重なった過去で作られた彼等が好きなのであって、商売の道具として媚びて売られる為に作られた魔法使いが好きなんじゃないんです、ということを声を大にして言いたい。

 

 逢坂壮五がアイドルをやっているから好きになったんじゃないんです。逢坂壮五というアイドルがそこに居たから好きになったんです。

 

 みんなが思う「こんなだったらカッコイイよね!」「これって萌えるよね!」って感じの、雑誌の回し読みみたいな、手軽にラッピングされたモノを共有したくてハマっているんじゃないんです。

 だから毎年、まほやくでパロディストーリーが出るたび、アイナナで劇中劇が発表されるたび、すごく悔しくて辛いです。

 そんなことをしなくても大好きだから、そんなことをしないでほしいんです。でもそれが商業キャラクターの存在意義であることが輪をかけてキツい。

 幼気な子役が、大人に向けて必死にアピールをしているような苦々しさがせり上がってくるんです。私は到底、それを素直に受け取れません。

 

 なんだか私が学童保育のバイトを辞めた時と同じような感覚ですね。

 あの時も、「ああ、ここに来る子は家にも学校にも居場所がなくて、ここの大人たちに気に入ってもらう為に必死なんだな」と思ってしまった日から、子供たちと接するのが凄く辛くなったんです。

 いま飼っている猫にもたまにそんなことを思います。可愛い声と顔を作って、必死に構ってもらおうとしている姿が、たまに痛々しく感じることがあって、憂鬱な気分の日とかは自己嫌悪します。猫がそんなこと考えている筈もないですよね。

 

 基本的に自尊心が欠けた人間なので、「今の現状を受け入れられていない」と感じると拒否反応というか、「あっ……」と引き下がっちゃうんですよね。

 

 以前、「百と卍」という文化庁メディア芸術祭マンガ部門で優秀賞を取ったほどの美しく、それでいて学びの多い大層出来の良いBL漫画が好きで、集めていたんですが。

 

 

 

 この、受けのほうの男の子・の生い立ちが、陰間茶屋で虐待されていたというもので、要は昨今世界を震撼させた某アイドル事務所のような、所謂少年期から性被害に遭っていたという痛ましいものなんですね。

 攻めの卍さんは火消しだったんですが、ホモソーシャルでゲイであることを一人で抱え続けるのが辛くなって逃げだした(要約)、という過去があります。

 ところが……この漫画の5巻くらいだったかな。

 キャラクターたちがホストになったら、というパロディのイラストが特典に封入され、大々的に宣伝されていたんです。

 その日以降、私はこの漫画を手放しました。

 大好きだったけど、それって、お百が一番嫌がることじゃないの?卍さんは、火消しのひとたちとホストになるの?それで、いいの?と。

 キャラクターが尊重されていない気がして、悲しい思いをしたのを覚えています。陰間茶屋とホストが同じだとは言いません。だけど、お百が、卍さんがそれをやると聞いて、どう思うかな?って。

 

 私だったら、パートナーが人気者だったら、嫌です。

 パートナーがアイドルだったら、俳優だったら、声優だったら、配信者だったら、ホストだったら、ホステスだったら、ヤクザだったら、最初から好きになれる自信がありません。

 

 現パロで喜ぶくらいなら、一次創作で自分のキャラでやればいいじゃんって思います。

 

 つくづくエンタメを楽しむ才能が無いと思います。

 これは完全に私個人の問題です。

 

 でも、オタクのなかにも、パロディが嫌いなヤツもいる。

 

 今日はそれだけでも、覚えて帰っていってください。

 

 

 

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いとぷ