吸血鬼が死んだ。
 耳が尖ってて、牙が鋭くて、指を切ると緑色の血が出て、肉を裂くとプリント基盤が浮き出ていた。
 縄で首を括っても、睡眠薬をどれだけ飲んでも、何度ビルから飛び降りても、死ぬことがなかった。
 誰より力持ちで、賢くて、年寄りで、生物の時間に割って入れない置物のような吸血鬼だった。
 そんな吸血鬼は、真冬の雪の日、泥酔して、迷い込んだ公園のベンチで豪快にいびきをかいて、そのまま幸せそうに、永遠の眠りについてしまった。
 私は生前、吸血鬼がずっと、自らの不老不死性を確かめたがっていたのを知っていたので、雪に塗れて静かに呼吸を止めている姿に、惜しみない拍手を送ったのだった。
 吸血鬼が死んだあと、吸血鬼が眠っていた公園のベンチには、べっとりと人型の血の跡が現れるようになった。
 それは赤々としていて、どれだけ拭いても、雨風にさらされても、恨みがましいようにベンチにずっとへばりついていた。
 血の匂いに誘われて、蛆が湧いた。ベンチは血の重みに耐えられず、どんどん腐り落ちて、そのうちに誰も使わなくなってしまった。
 近所の野良猫はそんなことも気にせず、吸血鬼のベンチにのぼって眠ったり、遊んだりするもので、公園は真っ赤な肉球の跡で埋めつくされてしまった。
 私はこのまま、この公園の遊具の隅々まで、赤い肉球に染め上げられてしまえばいいと思った。
 それが吸血鬼にとっての復讐なのだろうと思った。
 一年経って、十年経って、百年が経った。
 吸血鬼のことはもはや、私を除いて誰も覚えていない。
 けれども新しく建った四次元ビルの壁面に、相も変わらず、人型の血の跡と、赤い肉球が点々と描かれている。
 何度かの建物の建て替えがあったけれど、その何れも、血の跡と肉球に呪われて、蛆と蝿と死出虫に集られて、端から腐って崩れていった。
 どちらも諦めの悪いことに違いない。
 何故、吸血鬼はさも躍起になって人間を呪い続けるのか、何故、人間達は吸血鬼を安らかに眠らせることさえ出来ないのか。
 そういう互いの敬意の無さが、新たな吸血鬼を産み落とし続けるのだろう。
 今年、公園があった場所に、新しい公園が開けた。
 私はいつもと同じように、あのベンチがあった場所を見に行くことにした。
 空気は汚染され、紫外線は人間にとっての有害を極め、子供は工場で培養されるようになったので、公園に訪れる者は、スーツを着た老夫婦とか、吸血鬼とか、路頭に迷った浮浪者くらいのものだった。屋外に出る者は自殺志願者だけだった。
 だからビルもホテルも必要なくなって、自治体の要望で、市長の点数稼ぎに、無意味な公園が誂えられているだけだった。
 吸血鬼のベンチは当然、見る影もない。
 いつもなら、懐かしい血の跡が残っている筈だった。
 けれど今年に限って、とうとうどちらも精魂尽き果てたらしく、すっかり恨みを忘れたように、血の跡も肉球の点描も、この世のどこからも消えて失せてしまった。
 私は血の跡を探して、何日も何日も街を歩いた。
 酒を飲み、煙草を吸い、薬を飲み、何度か首を吊り、何度か屋上から飛び降りてもみた。
 探せど探せど、血の跡は見つからない。
 私は疲れ果てて、とうとう、迷い込んだ先の公園のベンチに体を横たえた。
 もう手指の一本だって痺れて動かない。
 雪の向こうの雲間から、薄明りがちらついていた。
 とにかくもう一秒だって起きていたくなくて、全ての機能をシャットダウンして、だらりとベンチに体重を預けた。
 私は犬の方が好きなので、肉球の跡は大きい方がいいと思った。
 

 

 

 

 

終.