暑い暑い昼下がり…。

何気なく見ている甲子園野球。

私は野球をよく知りませんが、甲子園を見るのは好きです。

甲子園野球には、「野球をする」以上のものがあるからです。

青春!!!と言えばよいのでしょうか。

野球をする、応援する、運営をサポートするなどの中に、その青春があるような気がします。

人生の中で3年という短い時間の中で刹那に輝く時間を、テレビを通じて共感できます。

私にも青春があったし。


その中で特に私が見るのは、選手の名前です。

営業をやっているせいか、人の名前を見るのが好きなのです。



へー、こういう漢字をあててるんだ。

とか、

あれっ。この名前って、俳優の名前から取ったのかな。

珍しい苗字だなあ。

小さい頃は「大ちゃん」とか呼ばれていて、その大ちゃんがこんなに立派になって、こんな大舞台に立っているなんて、おばちゃん嬉しい。

って、思いながら応援している人だっているだろうし。






名前を見ているだけで、ドラマが広がります。


同じように、最近起こる様々な事件の容疑者や犯人や犠牲者の名前についても、思いを巡らせてしまいます。

誰も自分を必要としていないという虚しさから起こる事件が多いような気もしますが、その人にも戸籍があり、名前がある。

親や周りの人が一生懸命考えた、すてきな名前を持っているのに。



ゴダイゴの「Beautiful Name」という歌が頭の中に流れています。



きっと誰にだって、自分がいてもしょうがないとか、必要とされていないとか、誰にとっても自分は特別な存在にはならないとか、そういう思いが膨れて、すごく悲しくなることがあると思います。

そう思い始めたら、どんどん辛くなります。



そういう時、自分の名前や人の名前について、あれこれ想像しているうちに、そういう悲しい気持ちが薄れることに気づきました。

やはり、自分が特別な存在なんだというのを認識できるというのは、ほんとに大事で、それを確認するために名前があるのかもしれません。



自分と同じ名前はたくさんあります。

自分にとって気に入らない名前を持っている人もいるかもしれません。



でも、自分の名前は与えられたもの。

自分の好き嫌いの物差しで、判断したりするものではないのです。

名前を与えてくれた人やその人の周りの人、その友達、ご先祖、そういう「仲間」を見渡すと、意外に力が抜けることがあります。



甲子園を見ながら、私、何を考えているんだろ?



甲子園を見ていると、暑さを忘れます。