優秀なお師匠さんのもとに集まったお弟子さんたち。
そのお弟子さんは、お師匠さんの何を聞きたいのか。
その優秀なお師匠さんは、何をお弟子さんたちに教えるのか。
と、なぞなぞのようなお話ですが、そのような問題を出されました。
これは多分、とある大学の先生のブログに書かれていたものだと思います。
私は、お師匠さんの教えや考え、経験や歴史だと答えました。
ブッブー 
えっ、違うの
??
正解は、その優秀なお師匠さんの、お師匠さんのお話だそうです。
その優秀なお師匠さんが、「私の師匠はこう言った、こういうことをした」とか言うのをお弟子さんたちは聞くのです。
その答えを聞いて、私は考えてしまいました。
自分は会社では、年齢的に上の方で、年下の人と一緒に仕事をすることが多いです。
仕事は、師匠と弟子の関係とは違うかもしれませんが、私は年下の人に教えることも多いです。
その時、私は何を教えているんだろう。
彼らは何を聞きたいんだろう。
もちろん、仕事の進め方やコツや、社会人としてのマナーや、この会社独特のルールなどは、できる限り、そしてそれ以上に伝えられるように取り組んでいます。
彼らが困っていること、知りたいことを自分がキャッチできるよう、接しているつもりです。
でも、先ほどのお師匠さんのお話と照らし合わせると、それだけではだめなのだということに気づきました。
お弟子さんたちが知りたいのは、その優秀なお師匠さんの言葉ではなく、そのお師匠さんの前からつながっている伝統やつながり、歴史や絆なのです。
そういう「人間的な厚み」を、その優秀なお師匠さんというフィルターを通して見て、お弟子さんたちは自分の糧としているのだと思います。
そしていずれはそのお師匠さんを越えなければならない。
流派や派閥は、そのようにして成り立ち、受け継がれていくのでしょう。
翻って、会社における自分
会社は流派や派閥とは違うかもしれませんが(大きな会社だったらそういうのがあるのかもしれませんが)、私にそういった「人間的な厚み」ってあるのでしょうか。
私は、上司や経営者のどこを見て育っているのでしょうか。
私は彼らに「人間的な厚み」を感じているのでしょうか。
コミュニケーション、ネットワーク、人脈、能力、お金などという上っ面な言葉では、語れないもの、それも人間的な厚みと言ってよいのかもしれません。
そういうのも持っていなければ、自分も下の人も育たないし、会社だって伸びないし続かないだろうと思っています。
あと3か月もすれば、また新卒の新入社員が入ってきます。
私も、今一緒に仕事をしている年下の後輩も、先達や経営者、上司、先輩から引き継いでいるものを少しでも次の新しい人に伝えられればと思います。