4月、6月、8月、9月…と大学のゼミ仲間が立て続けに結婚する。

そのうちのひとりが転勤することになり、昨日、仕事の後、送別会に行ってきました。

私も27

同期が結婚ラッシュであったり、転換期であってもおかしくない年頃になってしまった。


話題の中心は、

結納・結婚式のこと

車を買ったこと

家を買ったこと

などで、どれも私にはかなり縁遠い話で、みんなすごいなあと思いながら聞いていました。

ちょっと会わないうちに、言い方がおかしいかもしれませんが、周りは立派な大人になったような感じがしました。


また、今回の集まりで気づいたことは、「亭主関白」を宣言している男仲間は、その奥さんにとても気を使っているということです。

要は、奥さんに対してとっても優しいのです。

「車を買うときは、車よりも奥さんの顔を見て買った」、「奥さんのご機嫌をうかがいながら、たばこを吸う」、「送り迎えをする」…聞いていたら、うらやましくて涙が出そうになります。


「いつの間にか、すてきな旦那さんになったんだねなき

と私が言うと、亭主関白宣言しているけど奥さんに優しい男仲間2人は、

素敵とかじゃないよ。決められたレールの上を走っているだけ。そこしかないもん。

と、言いました。

私はこの言葉の意味を理解するのに時間がかかり、聞き返すことを忘れてしまいました。


「決められたレール」とは、「奥さんが喜ぶ事項」のことでしょうか。

自分には奥さんが喜んでくれることしかない、ということでしょうか。


「決められたレールの上しかない」と言い切れるところがすごい。

欲求、打算、妥協、満足、諦め…そういったすべての気持ちが落ちついて、一種の悟りを開いたときに、言えるのでしょうか。


いつぞや前のブログにも書いたのですが、あれもこれも望んで挑戦し、実践するよりも、「それしかない」とひとつのことにしぼることの方がとても難しいと思います。


彼らはその決断ができたから、それができない私から見て、とても幸せそうに見えるのかもしれません。


何はともあれ、みんな、幸せになろうね。