先日あるセミナーに参加しましたら、講師が月曜日夜に放映している「CHANGE」の話を話題にされた。私もこの連続ドラマを見ていますので、その内容は覚えていましたが、少しご紹介しましょう。記憶が正確ではないと思いますが、大意は以下のとおりです。主人公(朝倉総理)がアメリカとの交渉において、その一方的な要求に「NO」と対応しますが、その過程で話し合いは相互理解の一歩と迫る相手に対して、総理は「理解すると言うより、双方の違いを知る」ことが大切と切り返します。この「違いを知る」と言う言葉が大変心に響きました。


さて、時々「人は違っていていい」と言うような表現を目にするのですが、本来国と国、同じ民族でも人と人は元々違っていて同じようには創られていない。人が違っていいと言うレベルでなく、民族、性別、能力、ハンディキャップなどすべてにおいての違いは、もっともっと大きな力が働いて違った形でヒトが創られていると言う視点で見ると、人は違っていていいと言う響きは、少し高慢と言うか不遜と言うかそんな感じが湧いてきます。


このドラマで総理は、「違いを知る」と述べたのは、相互に理解すると言っても抽象的であり、何を理解するのかが見えてこない、そして自分の価値判断から相手を理解する事は難しいと言っているのかなと思います。相手の民族の歴史、風土、文化など違いを知ることは、何を理解するのかを具体的に述べている気がします。違いを知り、認める事は、謙虚な姿勢で相手を尊重する事につながり、信頼関係を作る第一歩と改めて感じた次第です。


 自らの相手を見る「枠」を少し横に置いておいて、冷静に見れる「柔軟性」と言うかそんなものを兼ね備えられると、自らの主張で相手を説得する限界も分かり、一層強いコミュニケーションが出来るのではと、その大切さを感じました。