先日、心の課題を取り上げたセミナーに参加した折に、講師が人の話を聴くときには自分の頭を“湯飲み”に例えて、“湯飲みを空にする”事が大切と話され心に残りました。
頭を占めるものとして、一つには聴き手の個人的な悩みや心配事、そして先入観など、二つには話し手の内容に自らが反応して、聴き手である自分の考えや意図が頭を駆け巡ったりして、頭がいっぱいの状態では、聴ける状態ではないのでしょう。頭が既にいっぱいの状態では、相手の話を聴くどころかオーバーフローして聞き流す事になります。うなずいたり相槌を打ったりしての傾聴に先立ち、自分の頭をカラにして聴くことが必要なのでしょうが、スイッチを切替えるように出来るものかどうかが課題ですね。まずは、そんな状態の自分を冷静に見つめ直し、間を置くことが必要と言うようなことを説かれていました。
それにしても、自らの体験として聴いているようで聴けていない自分を振り返ると、体調がイマイチのときや、相手の話しに自分だったらこうするのにと自然に反応しているときなど、分かっちゃいるけどいつも頭の多くの部分を占拠されています。