マルコポーロと言ってもユリの花の名前。カサブランカを少し小さくした感じでよく似ています。春先に小さな苗を購入してベランダのプランターに植えました。すくすく育ったものの、1メートル近くに伸びても一向につぼみを付ける気配がありませんでした。おまけに背丈がマンション風で支柱を立てて支えなくてはいけない程になりました。そんなある日、毎朝他の草花や木々とともに水をやるうちに念願のつぼみが現れ、一つ出来ると次々に出来て五つほどのつぼみを付けました。これでは到底、自力では支えきれなく支柱を補強したりしました。花は順番にそれも短期間に咲き揃い、茎の弱々しさから考えられないほど大きな花を付けてくれました。花の美しさと合わせてユリのかなり強い香りがして、窓を開けていると室内にも漂ってくるほどでした。

さて、苗を植えて3ヶ月余りの間、未だか未だかと心待ちにして毎朝眺めていましたが、実際花が咲くと花屋さんで買ってくる同じ花では味わえない親しみと言うか、愛おしさまで感じてしまいます。よく、草花は育てる時に心をこめ話し掛けることで応えてくれると言いますが、ベランダに咲いたユリの華麗さと言うか高貴さを感じさせる花に、大変身近な気持ちを抱いてしまいました。

五輪ほどの花をつけましたが、最後のつぼみが咲く頃には最初に咲いた花びらが少し枯れてきたので思い切って茎の途中で切って、室内の花瓶に生けました。自然とそのまま枯れるにまかせるのは忍びないと水彩画を描きました。支柱を立てたり水をやったりする体を使った世話、咲いた花から感じる視覚や嗅覚を通した恵み、そして今回はその咲き揃った花を観察して絵にするプラスアルファの行為を通じて、たぶん長く心に残る花となりました。花と自分の無言のコミュニケーションは、しかし結局自分自身とのコミュニケーションをしていたのかも知れません。