今日は理事をしている社会福祉法人あけぼの会の「あけぼの第2保育園」の
竣工式だった。
理事を引き受けてから10年くらいになるが、この「あけぼの会」を運営する一家に
お世話になってから25年の歳月が経つ。
当時、俺は大学生で、でもって当時中学3年生だった「あけぼの第2保育園」の現園長の
家庭教師として関わることとなった。
今は亡き、ここの父親の名前も「徹」。
酒を飲み、よく歌い、よく語る「徹」。
ということで、共通項の多いこともあり、可愛がってもらった。
勉強を終えた頃に電話が鳴る。
近くのスナックで飲んでいるから、迎えに来て欲しいとのこと。
運転出来る人がいないので、俺がその家の車で迎えにいく。
店に着き、「おとうさん、帰るよ!」と声を掛けると、
「お!トオル君、まあ、座れ!」のパターンである。
で、「飲め!」「歌え!」のコースを順調に巡り、車を置いて、タクシーで帰宅する。
こう書いてしまうと、どうしようもない感じに見えるかもしれないが、
俺にとっては意味のある時間だった。
おとうさんは、俺に本当のことだけを話してくれた。
世の中の仕組みや、夢の実現の難しさや、本当にいろんなことを。
中学3年生の夏休み後から家庭教師を引き受け、「なんとか志望校へ入れてくれ!」
というオーダーは、偏差値を「8」上げないと可能性が見えてこないという、超ハードな
ものだったが、本人の頑張りと「運?」で無事に合格を勝ち取り、俺は信用を勝ち取った(?)
ようだった。
そして「LesVIEW」がまだアマチュア時代、「ホコ天」でライヴ活動をしていた時、
機材車としてワンボックスをいつも貸してくれたのも、おとうさんだった。
「Les VIEW」がメジャーデビュー出来たのは、この家族のおかげによるところが
もの凄く大きいのだ。
25年。
俺にとっては埼玉の実家みたいなもので、行けば普通に飲み、食い、寝る ^ ^。
6年前に亡くなったおとうさんの希望でもあった「あけぼの第2保育園」が、今日、竣工式を迎えた。
「トオル君、人間てのは、やれば出来るんだぞ。わかるだろ?」と、半分酔った口調で話しかけられている
ような気がした。
竣工式後の祝賀会で、現園長、おかあさん、俺と同じくおとうさんにお世話になった理事たちと
想いを馳せる。
人は死ぬ。
それは仕方ないこと。
でも、亡くなっても話題の中心になり、今を生きる人たちを笑わせ、時に勇気づけることが
出来る。
何かにぶつかった時、おとうさんが生きていたら、何て言うだろうか?
そんなことを思うことが時々あるのも事実。
あなたの希望だった「あけぼの第2保育園」に子どもの笑い声が溢れていくように、
そっちの世界から見守るように!
それがおとうさんの仕事であるべきなのだから。
いつかそっちに行ったら、またビールを飲もうね。
で、「昴」と「乾杯」を歌ってあげるよ。