「けじめ」という言葉。
なんとも簡単だな、書くと。
しかし、これを実生活で行うことの難しさと言ったら半端ない。
でも、これを実行出来たら、きっとシンプルで、あまりストレスのない
生活が手に入るのではないか?という淡い期待を抱いてしまう。

俺は好きなものを嫌いにはなれない。
それが「矛盾」を帯びていても、あらがえない「生理」というものがそこに存在するのだ。

だとしたら、出来ることはないのか?
ちょっとした「痛み」を乗り越えれば、やれることはある。
自分が悪循環だと感じていることを、生活から切り離せば良い。

俺が「仕事」として取り組んでいることと、「仕事」にするために取り組んでいることがある。
「にこたま女子音楽部」などは、俺が近い未来において「仕事」へと昇華させたい
プロジェクトである。
http://nikojyo.com/
正直、苦戦している。アーティストの「歌唱」「パフォーマンス」には、それほど問題はない。
各自の目指すところへ精進してくれれば良い。
しかし、このプロジェクトの意義を、全員が正しく理解しているかと言えば、それには
バラつきと、技量、力量の「差」が存在するのは事実である。
もちろん、「悪意」のあるメンバーなどいない。
だから困る。
「悪意」はなくても、「実績」をあげられないアーティストは、所詮、埋没する運命なのだ。
この点において、俺は無力だ。なにもしてあげられない。
ならば、俺はどうするのか?
このプロジェクトに限らず、「切る」「離れる」という決断を、自分の選択肢に入れることにした。

弱肉強食の世界に、俺が最初に目を背けてはいけないんだろうな。
どこかで、良い人になろうとしていたのかもしれない。
恨まれることも覚悟で、俺は決断をして行こう。
出逢いもあれば、別れもあることを、少なくとも俺は知っている。

俺が「音楽」と歩みを共にする時間は、そう長くないだろう。
その残された時間は、自分に正直に生きることにする。

未来に対し、がむしゃらに挑み、俺のサポートが必要な才能にだけ、この知識や経験を
惜しみなく注ぎたいという情熱に駆られる。
「さよなら」の数だけ、新たな「出逢い」があることに、残りの人生を賭けよう。