筋肉町田野郎 釜石のサイレン -24ページ目

雨音のドレミファソラシド

振り返り


貰った笑顔に


ありがとう。



今日は


この降り頻る雨と


同じくらいの笑顔をもらい

同じくらいの酒を飲んだんで


一人で夜な夜な


港区辺りの


っていうか六本木ミッドタウン横の公園で裸にならないように気を付けますにひひ





嘘っすよ!!火遊びが過ぎました!スミマソン!



でも


別にマスコミ、メディア、その他の人間、


ここぞとばかりに完全叩いてるけど


そんなヤッキになって容疑者扱いすることね~だろパー

アイドルなんてぜってぇぇ周りが思う何倍も何十倍もストレス感じてるぜパー


だいたいよ、嫌いな奴やカメラがいつも目の前にいたり体調悪い時、それでも毎日100%の笑顔と立ち振る舞いできるか?無理だろパー


そこまで悪い気はしねぇなパー


俺は応援するぜ


頑張れよグッド!



…って俺も人の心配してる場合じゃねぇあせる


引っ越し終んねぇあせる


話変わって、


俺の友達、先輩、後輩、全員にマジで感謝してるぜグッド!


恥ずかしい話だが、


今日初めて分かったよ、


ラグビー始めた理由。


皆に会うためだよ。


ありがとな。


命日

17年前の今日


1992年、4月25日


一人の男が26歳の若さでこの世を去った。


そう、


今日は尾崎豊さんの命日。


10代のカリスマと呼ばれ、多くの若者が彼の歌、彼の書く詞に深く共感し、それは社会現象を引き起こした。



初めて聴いた『15の夜』に

吸い込まれ、


中学の時分


新品の机に『卒業』の歌詞を全部彫り


高校の時分


帰り道は


『シェリー』

『遠い空』

『cookie』

『Forget-Me-Not』

『路上のルール』

…(キリねぇグッド!)

をいつも歌っていたのを思い出す。


十七歳の地図でデビューした時、俺まだ生まれてなかったんだよな。後10年早く生まれたかったって唄を聴く度に思ったな。



疲れた時、


いつも『街路樹』聴いてたな。懐かしいな。


今日の決断。


逃げ道はない。


自分で選んだ道だから。


だからこれからシェリー聴くんでチョキ


シェリー


夢を求めるならば


孤独すら恐れやしないよね

シェリー


一人で生きるなら


涙なんか見せちゃいけないよね…



私事で独り言、失礼しました。


尾崎ーーーっ!!!!!!

発表

今月いっぱいで釜石を去る事になりました。

つまり、
ラグビーと会社を辞める事になりました。

急に決まった事なので皆さんには大変なご迷惑をかけ、またたくさんの人を裏切る形になってしまった事を深くお詫び申し上げます。

これからの事はこの僕の事なんでほぼ決まっており、

準備は整っておりますのでご心配なくニコニコ


約3日前ぐらいから気持ちは固まっていたので


親しい知人や友人にはすでに連絡済みなんですが、


連絡出来なかった先輩や友人、スミマソンべーっだ!あせる


この状況になるまでの過程は、すれ違いや誤解が生じる為にお話ししませんが


振り返ったってしょうがないっていう話なんで


今は見据えたビジョンに向かって歩きだすだけっすね。


細かい話などは僕と会った時に缶ビールでも飲みながらしましょうパー


最後に、これからの自分のやる事の一つとして


総合格闘技を本格的に始める事を決意しました。しばらくは家族に内緒です。

もちろんやるからにはプロ目指し頂上を狙わないと意味がないので、こんな自分ですが、皆さん応援よろしくお願いします。


長い文章で失礼しました。