60年目の沖縄慰霊の日に寄せて | いとうのL.P.

60年目の沖縄慰霊の日に寄せて

昨日6月23日は沖縄慰霊の日です。60年前の昨日、すでに沖縄の日本軍は壊滅し日本軍司令官であった牛島中将は自決しており、アメリカ軍が敗残日本兵の掃討作戦を開始した日にあたります。
 
 太平洋戦争末期に、沖縄本島にアメリカ軍が上陸し日本軍沖縄守備隊との間で、住民を巻き込んだ地上での戦闘がおこなわれました。
20万人以上の尊いいのちが奪われました。住民の死者は約15万人と書いた記録があります。
沖縄の戦争の記録は、自分の住んでいるところが戦場になったらどういうことおこるのかということを私達に教えてくれます。
 
 私はこれまで澄みきった美しい青い海に潜るため、何度か沖縄を訪れました。沖縄で「戦争」という言葉を口にすると、多くの沖縄の人の顔が曇ります。無口になられます。まずいことを言ってしまったと後悔しそうになります。
それは戦争というものが、いかにむごたらしいものであるかということを、沖縄の人はよくご存じだからだと思います。

 凶悪犯罪による集団殺人事件や過失による大事故など人のいのちが奪われるのは戦争だけではありません。どの現場もその悲惨さにかわりはありません。しかし、戦争と、事件や事故が決定的に違うこと、

 それは、事件や事故では、119番をすると救急車がきます。レスキュー隊が救助してくれます。たまたま居合わせた人が助けてくれることもあります。病院では高度な救命医療が受けられます。

 戦争では、119番してもダメです。周りの人も余裕がありません。自分が生きるだけが精一杯な状況です。病院も破壊されます。残った病院は、政府の管理下に入り、一般人の診察は後回しになります。


 沖縄戦での証言テープをテレビで聴きました。砲弾が命中して家が吹っ飛んだ家族。幼い子どもだけが重症を負いながらもなんとか生き残った。「たすけて、たすけてー」と泣き叫ぶ子どもを前にして、なにもしてやれなかった。60年たった今もその子の声が耳から離れないとおっしゃっていました。


 事件は、法律違反の犯罪人が起こすもの、事故の原因は批判の対象となります。
戦争はどうでしょうか。戦争は国家がするもので法律に基づいて行われます。すなわち戦争を起こした人々は自分が処罰されないよう、戦争を合法化する法律を作ります。戦争に異を唱える者は逮捕するなどして、批判の口を封じます。それが戦争です。


 平和を訴えると、朝鮮などの具体的な国名をあげて、それらの国が攻めてきたらどうするのだと凄む人がいます。国民を守るのだと勇ましいことを言います。それは空威張りにすぎないのではないでしょうか。
国を守る国民を守るいのちを守るとはどういうことでしょうか。
私は、日本をかつての沖縄のような戦場にすることはできません。

戦争をしないことこそがいのちを守る合理的な方法だと思います。


そのために、まったく微力ではありますが、こういう話しをプログに書いて、再び日本を戦争する国にしようという企みには反対していきたいと思っています。